《★~ ハタケーツ大統領との会談 ~》
ローラシア皇国で生まれ育ったヴィニガ子爵家のロッソと、エルフルト共和国の大統領の息子、パースリ‐ハタケーツを結ぶ華燭の典が、ポワロの中心地帯に位置する「ハタケーツ記念広場」で執り行われた。
五つ刻に始まった式典は、滞りなく進み、六つ刻半に終わる。二人は、最近の流行に従い、いわゆる「新婚旅行」へ出立した。
キャロリーヌとオイルレーズンは、ハタケーツ大統領に招かれ、公邸を訪れることになる。
少数の貴賓を招待した時に限って使われる特別な部屋「第一迎賓室」に、二人が通された。
大統領の補佐役を務める政務官が、丸壺と三つの茶碗を載せた台車を運び込み、一礼した後、すぐに立ち去った。
キャロリーヌは、少なからず緊張の気色を見せている。
ハタケーツ大統領が碧色茶を二つ注ぎ、まずは女性たちに勧める。そして自分用の茶碗を満たし、神妙な表情で話を切り出す。
「パースリらの旅行は、予定の変更を余儀なくされてしまった。大陸を一周することにしたようだが、最初の訪問地に決めてあったパンゲア帝国へ、今は入れない状況になっているのです。姉上、なにか知っておられますかな?」
「コラーゲンの得ておる情報を、先に話すがよい。そうする方が、会談は捗るからのう」
「今日もまた、一本取られましたなあ。ははは」
苦笑いしながら茶碗の取っ手を握るコラーゲン。
隣りのパンゲア帝国からは、少なからず密偵が送り込まれているけれど、その中の数名が、実はエルフルト側の要員であるという、いわゆる「二重諜報員」が含まれている。彼らが機敏に働き、知り得るパンゲア帝国の内情は、当然のこと大統領を務めるコラーゲンの耳にも逐一、報告が入ってくる。どれも国家機密に該当するから、簡単に漏らすことは許されないはず。
しかしながら、大統領は、今に限って惜しまず口に出す。これには、持っている情報を交換して、その精度を高める狙いがあってのこと。
コラーゲンが話す内容は、パンゲア帝国がメン自治区の西半分を独立国家として認め、軍事行動を進めていることや国境門を封鎖していることなど、概ね、オイルレーズンの既に知るところに一致する情報であった。
「パンゲア帝国軍の動向には、ローラシア皇国へ攻め込む目的があったのじゃと、これでハッキリしたわい」
「まったく、そのようですなあ」
「ローラシア東部国境門近くの一帯と、アタゴー山麓東門の付近で、皇国護衛官軍とパンゲア衛兵団が向き合い、今朝の早い刻限、戦いが始まったようじゃ。両軍とも、大隊で五つの規模らしいわい」
「こちらからアマギー山麓と南部国境門へ向けて出立を命じたのは、華燭の典が始まる直前のこと。それに比べて、ローラシア皇国は、誠に早い動きをするものですなあ」
「兵とは、機動性こそが、大切じゃからのう」
「さすがは姉上、兵法にも長けておられる。ははは」
オイルレーズンは、高級な碧色茶を飲んでから、厳かに話す。
「コラーゲンよ、笑いごとではないぞ。ローラ・パンゲ・エルフ三国協定は、これで壊れたも同然じゃわい。早急に対策を練ること、そしてなにより、この大陸で再び起きてしもうた、無益な争いを止めねばなるまい」
「承知しております。差し当たっては、パンゲアに対して西と南から、エルフルト共和国軍が睨みを利かせましょう。少なからず抑止力に、なるはずと思います」
「そうじゃのう」
キャロリーヌは、国家間の代表者が行う会談のような話し合いが目の前で進む状況を、ただ呆然と見守っているのだった。
どうして自分が、この場にいるのか分からなくなっていたけれど、役目が一つできたことを知る。
「お代わりですわね?」
「ふむ、頼もう」
「こちらにも」
オイルレーズンとコラーゲンが、同時に、空の茶碗を差し出すので、どちらへ先に注ぐのがよいか、キャロリーヌは悩まざるを得ない。
その心情を見抜いたコラーゲンが気を利かせ、手を引っ込める。
「淑女優先と言いますし、姉上の方を先に」
「はい、承知しました」
オイルレーズンの茶碗に碧色茶が満たされ、高貴な芳香が漂う。
これは「カウント‐ブルー」と呼ばれる茶葉で、ローラシア皇国の宮廷御用達にも選ばれており、グレート‐ローラシア大陸中の皇族や貴族たちから特級茶として高い評価を得ている逸品。キャロリーヌにとっては、今日が初めてのこと。




