《☆~ パンゲア帝国軍の動向 ~》
使い鷲のシルキーが脚につけて運んできた伝書には、ローラシア北西部国境門の護衛官が皇国宮廷に赴いて知り得たことが、簡潔に記してあった。
当然のことオイルレーズンは、既に読み終えている。伝書には、東部国境門とアタゴー山麓東門に向けて大隊を五個ずつ派遣したことや、メン自治区側で国境の封鎖が行われていることが書かれていた。しかも、東部国境門の近くにある広場に、パンゲア帝国軍旗を翻す部隊が集結し始め、次第に規模を膨らませて、三個の大隊を構成するくらいまでの人数に増えたという。
オイルレーズンは、これらをキャロリーヌに話すかどうか考えた末、ある理由を考慮し、伝えておかざるを得ないと判断する。
鴨しゃぶ鍋を食べ終えたキャロリーヌは香草茶を用意した。オイルレーズンが茶をゆっくり飲みながら、パンゲア帝国軍の動向について話す。
ローラシア皇国は、各国との国境線に高い壁を築いていて、国境門を通らないで侵入することは容易でない。それなのにパンゲアの衛兵たちがどのようにして皇国の地に入ったのか、キャロリーヌが思いついたことを口にする。
「魔女族の方たちが、お空の高くから飛行してきましたのかしら?」
「いいや違う」
「え、違いますの?」
「そうじゃとも。まだ魔女として若いキャロルには分からぬと思うが、地面から空高くへ上昇するには多大な魔力を消費するでのう、人族の背丈にすると二十人もの高さがある壁を飛び越えるような、大きく寿命を減らす危険を冒すことなぞ、せぬものじゃわい」
水平方向の飛行とは違って、垂直に飛ぶ魔法は身体に負担が大き過ぎるため、そこまで高く飛びはしないということ。
「そうしますと、アタゴーの山頂から飛びましたのかしら?」
「いいや、それも違う」
「あら、また違っていますのね」
「ずっと高いまま飛び続けるのは、息が苦しくなるからのう。無理に飛ぼうとしても途中で気を失い、墜落してしまうわい」
「そうですか」
「じゃが空からやってきたというのは、その通りじゃろう」
「えっ?」
キャロリーヌの想像は外れてしまったけれど、間違っていない部分もあったことになる。
「パンゲアの衛兵らは、飛竜を駆り、高い壁を越えてきおったに違いない」
「あらまあ!」
飛竜は、背中に翼を二つ持つ凶竜である。その名が出たので、キャロリーヌは、探索任務で討伐したことのある、狂暴な暗黄緑飛竜を思い出す。
しかしながら、オイルレーズンは、別の種類について話しているのだった。
「薄薔薇花飛竜が二百ばかり、パンゲア帝国軍に飼い慣らされておる。それに乗って、衛兵らは空の高いところを移動できるのじゃ」
「あたくしたちで討伐しました暗黄緑飛竜とは、違いますのかしら?」
「違うわい。薄薔薇花という種は、帝国領土の北にあるフーリン火山に多く生息しておって、わりと穏やかじゃ。その逆に、暗黄緑は狂暴過ぎて、とても飼い慣らせぬ」
「飛竜にも色々なのが、いますのね?」
「そうじゃとも」
オイルレーズンは、飼い慣らすことのできた飛竜がどのように役立っているのかを、キャロリーヌに説明した。
パンゲア帝国の衛兵たちは、飛竜の背中や脚にしがみつくことで空を飛び、ローラシア皇国の領土に侵入したのだという。成長し切った飛竜であれば、一匹でも一度に十人くらいの人族を乗せて飛ぶことができるので、それが二百もいれば、大隊三個くらいの人数など、半刻もしないうちに運べるはず。
この理屈は分かるけれど、パンゲア帝国軍がどうしてそのような行動をしているのかを、キャロリーヌは想像すらできない。
「パンゲアの女王になったのは、まだ幼いボンブアラスカじゃが、裏で糸を引いておる母親のベイクドアラスカが、よからぬ策を巡らせておるのかもしれぬ。この事態が悪い方へと向かえば、ローラシア皇国と交戦状態に陥ることもあるわい」
「えっ、そんなこと!!」
キャロリーヌには、信じたくもない深刻な話になった。