《★~ ジェラートを悩ます事態(三) ~》
こちらはスプーンフィード伯爵家の邸宅内である。
ロビーの奥に設置されている豪華絢爛な揺り椅子に、やや太った初老の男が浅く腰掛けている。この邸の主人、シャルバートである。足を踏ん張って前屈みの状態になっており、眉間に数多くのシワを集めている。
次男が戻ってくるのを、今かと待ち構えていながら、両膝をカタカタと振動させている。
ここへようやく、待ち侘びていたジェラートが入ってきた。
シャルバートは早速、いつも以上に低く重々しい声で息子に話す。
「大変なことが起きてしまったものだ。なあジェラート」
「は、はい……」
「フローズンの亡き今この時こそ、われらスプーンフィード家にとって、大きな正念場であるぞ。お前も、そのことを理解しておるだろうなあ?」
「はっ、もちろんですとも。しかしながら、実は……」
次の皇帝陛下を立て、宮廷の新体制を確固たるものへと導くことが、まず最優先になすべき職務であり、これこそ一等管理官の腕の見せどころ。
その道理を承知しているべきはずのジェラートなのに、いつもの毅然とした威風がまったく感じられない。
「ぬ? どうかしたか?」
「はあ、それがその……」
「お前らしくないぞ。ハッキリ言うてみい!」
「は、はい。実はファルキリーが行方不明なのです。それでまずは、召使いたちに命じ、近辺の捜索をさせようと考えております」
「戯けが!!」
「うっく……」
ジェラートは厳格な父に対して、少し劣等感を抱いている。
かつてのシャルバートは、一等政策官のすぐ近くまで登り詰めていた。
けれども栄光の最上級に達することはできず、三年前に引退を決意した。それは、パンゲア帝国の皇太子が立食会の場で毒殺された直後のこと。当時の一等政策官が、殺された少女の亡骸とともにパンゲア帝国へ謝罪にゆき、帰ってから責任を取り辞任した。その後をシャルバートが継ぐものだと、多くの宮廷官は思っていた。ところが結果は意外なことに、皇帝陛下からご指名を受けたのは別の二等政策官だった。その屈辱が決め手となり、シャルバートは、自ら第一線を退くことにしたのである。
それから二年後、管理官としてジェラートは一等になった。父の実績を越えたのである。しかしながら、二人の息子を立派な最上級へと育て上げた、父親の偉大さという点において、未婚のジェラートにとってのシャルバートは、目の前に聳え立つ巨大な壁のように見える存在なのである。
「昨日、お前は儂が助言してやった警鐘の言葉を軽んじ、辺境にあるメルフィル公爵家へと走った」
「はい、その通りです」
「ふん。儂の忠告に従い、宮廷内でしっかりと目を光らせておれば、今回のような大事変は防げたはずぞ! これは一等管理官として大きな失態である! 儂がお前の上に位置する者ならば、即刻その任を解くところだ!」
「はっ、ご尤もであります」
痛いところを衝かれた形である。弁明の余地が一つもないのだった。