《★~ 北西部国境門での一件 ~》
キャロリーヌたちを乗せた馬車が、「ローラシア北西部国境門」に到着する。ここの検問を通過することで、ローラシア皇国から外へ出ることができる。
しかしながら、その先に続くエルフルト共和国の領土内へ入るには、「エルフルト南部国境門」で実施される検問を受けなければならない。このような安全保障の仕組みは、ドリンク民国や、パンゲア帝国およびメン自治区へ入る場合とは違う。
こちらの国境門で長を務めている三十歳の二等護衛官は、フィッシュ‐チャウダという名の人族である。
オイルレーズンと深い親交を続ける魔女族の一人に、スピニチベイグルという月系統に属する者がおり、彼女の息子がフィッシュで、下に娘もいて、それは三等護衛官の任にあるキャロトベイグルという名の魔女族である。
オイルレーズンを尊敬する者は、なかなかに多いけれど、スピニチベイグルとフィッシュたち兄妹も、そうなのだという。
だからフィッシュは、オイルレーズンに会うと必ず笑顔で近寄り、丁寧な挨拶と、ご機嫌伺いを欠かさない。
しかしながら今日に限って簡単に済ませた彼は、珍しく神妙な面持ちで、内緒話を切り出す。
「オイルレーズン女史、実はお耳に入れたい一件があります。お手数をお掛けすることとなり心苦しいのですが、どうぞ、あちらへとお運び下さいませ」
「ふむ、よかろう」
人族の機微を読むことに長けているオイルレーズンなので、いわゆる「ことの重大さ」を感じ取って、相手の言葉に従う。
二人は少し離れた場所に移動し、フィッシュがオイルレーズンの耳元で囁く。
「本日の朝、僕に宛てて、メン自治区にある製麺工房から、試用食の物品が届きました。極細乾麺を、ご存知でしょうか?」
「知っておる」
「乾麺が二束だけ入った細長い紙の箱です。お代を必要としない形で、そのような物品が送られてきました」
「試用食が届いたくらいで、どうしたのじゃ?」
「僕は早速それを茹でて食べようとしました。その際、乾麺を束ねてある紙帯が、秘密の伝書になっていることを知ったのです」
これを聞いたオイルレーズンは、思わず眉をひそめて、尋ねざるを得ない。
「どのようなことが書かれておった?」
「それには、細かい字で《帝国軍が自治区に侵攻》と記されていました」
「なんと!」
「僕は皇国中央への報告と、真相を見極めることの両方が必要だと考え、宮廷とアタゴー山麓西門へ向けて、部下を行かせました」
「よい判断じゃわい。それで、なにか分かったかのう?」
「宮廷へ向かった者は、まだ帰りませんが、山麓西門へ行った者が先ほど戻り、状況を把握しました。驚いたことに、同じ秘文書が、まったく同じ形で山麓西門、そして山麓東門にも送られていたのです。そればかりか、パンゲア帝国側の軍が国境を封鎖しており、交通が途絶えてしまっています」
「ふむ」
オイルレーズンは、少しばかり沈黙してから、考えを話す。
「第三王妃の魔女、ベイクドアラスめが、《ローラ・パンゲ・エルフ三国協定》を無視するような、よからぬ振る舞いを始めおったか。パンゲア帝国では、数日前に派手な女王就任式を執り行ったそうじゃ。あるいは、その祝いごとに関連して、国を挙げた、なんら大きな催しでもしておるのかもしれぬのう。いずれにせよ皇国としては、警戒を怠ってはならぬ」
「そうですね」
「いたずらに疑念を抱くこともよくないじゃろうが、悪い状況も想定し、万全の備えを整えておくがよい」
「承知しました」
これで二人の密談が終わり、オイルレーズンは、懐から小笛を取り出し、口に当てて力強く息を吹き込む。
しかしながら、少しも鳴らない。それは、人族や、魔女族など亜人類の耳では聞き取ることのできないという、特別な音を響かせる魔法具なのだった。
一分刻ばかり待っていると、大空の高いところから、疾風のように大きな鳥が舞い下ってきた。
「ぎょぎょっ!?」
飛来した立派な白頭鷲に驚き、声を発するフィッシュである。
「あたしの使い鷲で、名はシルキーという。利口者じゃよ。ふぁっはは」
「そうでしたか。僕はてっきり攻撃されるのかと思い、肝を冷やしました」
「済まぬことじゃが、宮廷から連絡が入り次第、この者の脚に文書を結んで飛ばしてくれるかのう? そうすれば、あたしに運んでくれよるわい」
「分かりました。お安いご用です!」
シルキーをフィッシュに託したオイルレーズンは、検問を終えて待っているキャロリーヌたちのところに戻り、エルフルト南部国境門へと向かう。




