《★~ マサラ家の謝罪(一) ~》
翼つき馬は、背中に二つの大きな翼を持つお陰で、翼を持たないお馬の二倍より大きい馬力を出す。
今日のキャロリーヌたち一行には、巨体のショコラビスケがいない。馬車に乗り込んだ五人のうち、四人が身体の軽い女性なので、たとい一頭立てでも、翼つき馬なら容易に引っ張ることができる。
中部席にオイルレーズンとキャロリーヌが並び、後部席にマサラ家の母娘が座っている。
馬車が動き始め、少ししてガラムが話を切り出す。
「ローラシア皇国紀年二千十八年、第十二月にありました、パンゲア帝国皇太子が亡くなった立食会のことです」
「とても悲しい事故でしたわ」
「ええ、その通りです。お料理の準備をしていました折、私が十分な確認をしないで、間違った言伝をしてしまいました。そのことで、キャロリーヌさんや、お亡くなりになっていらっしゃるメルフィル公爵殿たちご家族に、心よりのお詫びを伝えたいと、ずっと思っていましたけれど、勇気を出せないまま今日まで、沈黙を守り続けてきたのです」
「これまで胸中の深くで、お悩みになっていらしたのね?」
「はい、そうなのです」
ガラムは悲痛な表情で、ことと次第を話す。
まず、どうして今になって沈黙を破ろうと決心したのか。それは、三等調理官として宮廷に勤める娘、ホッティからキャロリーヌについての一件が、ガラムへ伝わったことに端を発するという。
「ホッティと、そしてこの子の友人たちが日頃、キャロリーヌさんに恨み言をぶつけていると知り、少なからず悲しくなった私は、この子らの抱く間違った思いを正さなければと、強く感じたものです。それで、立食会の準備中、実際に起きた真相を包み隠さず、この子に話して聞かせました」
ここで横からホッティが割り込んでくる。
「そうです。私は、そして休憩居室が一緒のキルシュさんとケールさんは、キャロリーヌさんに対し、大きな誤解を持っていたのです。お母さまが、ビアンカ‐ヴィニガさんという三等調理官のお方に、偽りの指示を伝えてしまったことが原因で、あなたのお父さまが、おそろしい不治の病、竜魔痴をお患いになり、非業の死を遂げられたという、悲惨なお話を聞いたのです。私たちは間違っていました。あなたに浴びせてしまった数多くの罵声についてもそうですけれど、これを一体、どうお詫びしてよいのやら……」
このように話し終えて、ホッティは涙を溢すのだった。
キャロリーヌが優しく微笑み、慰めの言葉を掛ける。
「ホッティさん、どうかお顔を、お上げになって。誤りは、誰にでもありますことですもの。今日その誤解が一つ消えまして、あたくしは嬉しく思いますわ。仲直りをしましょ?」
「まあキャロリーヌさん、どうしてそんなにもお優しいお方かしら!!」
ホッティは感激して、熱い涙を流さずにいられない。
突如、オイルレーズンが口を挟む。
「キャロルは、思いやりの厚いグリル殿の娘じゃからのう。そればかりか、この子の母も祖母も、たいそう心根の優しい女性じゃったし、彼女らの温かい血も、ふんだんに受け継いでおるわい。ふぁっははは!」
キャロリーヌの祖母は、オイルレーズンなのだけれど、理由があって伏せているのだった。このため、どんなに孫を誇りとしていても、口には出せない。
オイルレーズンの笑い声がやんだので、ガラムが話を続ける。
「配膳担当の任にあった私が、用意のできたお料理の品々を大広間へと運び、また皇国第一厨房へ戻ろうとしました。その際、スプーンフィード二等調理官に呼び止められ、メルフィル一等調理官からの指示として、《ヴィニガ三等調理官に、もうしばらく厨房を手伝うように伝えて欲しい》という言伝を受けました。当日の担当調理官ではなかったスプーンフィード殿が大広間におられたことは、少しばかり変だと思いましたけれど、彼の言葉を鵜呑みにしてしまい、そのままヴィニガさんに伝えた次第です」
スプーンフィード二等調理官というのは、伯爵家の長男で、既に亡くなっているフローズンのこと。
かつて婚約者だったジェラートの兄でもあり、この意外な人の名が出てきたことで、キャロリーヌは、驚かざるを得ない。




