《☆~ ベイクドアラスカの野望(四) ~》
中央門から出たキャロリーヌたちと入れ替わる形で、ウィート‐チャプスティクスが検問を通過し、門内に入った。背袋を肩に担いだ姿で、大通りを真っすぐ歩き、宮廷へ向かっている。
二十五歳の若さながら、二等護衛官のウィートは、ローラシア皇国とメン自治区の境で、「ローラシア東部国境門」の長を務めている。
今日ここへ戻ったのは、明日の休暇をチャプスティクス侯爵家で過ごす予定があることに加え、今朝メン自治区から国境門へ届けられた物品に、秘密の伝書が添えられていたことを、一等護衛官に伝えるためでもある。
一方、キャロリーヌたち女性四人は、近くの貸し馬車屋に着いた。
オイルレーズンが、一頭立ての馬車を借りるため、お代として銀貨五枚を車屋の主人に支払う。
この様子を見届けたホッティが、手に持つ小物袋から三枚の銀貨を取り出して、キャロリーヌに手渡す。
しかしながら、そのうちの一枚が返される。
「ホッティさんたちのお代は、二枚でよろしくってよ」
「でも、馭者さんにお支払いする分を合わせると、六枚になりますでしょ。だから半分ずつと思って……」
突如、横から人族の若い男性が口を挟む。
「その馭者さんを、僕が務めさせて貰うからね」
「あらっ、あなたさまは!?」
「やあ初めまして、美しいお嬢さん。僕はマトン‐ストロガノフ。今日キミと旅の道連れになれることを、とても嬉しく思うよ。ははは」
「ああぁ、私も嬉しいです!!」
傍に立つマトンの整った顔を目の当たりにして、すっかり首っ丈にならざるを得ないホッティである。
このやり取りを見て、オイルレーズンが苦言を呈してくる。
「いつにも増して、気障りな男じゃわい」
「はい。いつもながら、お褒め下さり光栄です」
「戯けておらんで、さっさと出立の仕度をせぬか!」
「了解しました!」
ここに丁度、車屋で働く若者が、翼つき馬の一頭立て車を準備してくれた。
馭者席にマトンが座り、オイルレーズンたち女性四人も後ろに乗り込む。
・ ・ ・
皇国宮廷の護衛官事務所に、ウィートがやってきた。
多くの宮廷官が仕事を終えているけれど、この場には、一等官のボイルド‐オクトパスと他の護衛官たちだけでなく、政策官のチャプスーイ‐スィルヴァストウン、管理官のジェラート‐スプーンフィードおよびオートミール‐フォークソン、医療官のオマール‐ラブスタに至るまで、揃いに揃っている。
このように錚錚たる面面の並ぶ光景を目の当たりにしたことで、ウィートは少なからず驚き、どうしたことかと思わざるを得ない。
「あ、あの……」
「おう、チャプスティクス二等護衛官、なにか急な用でもあったか?」
宮廷官は、自身が属する官職に全うすることに最善を尽くすので、異なる官職の事務所に訪れることが滅多にない。それなのに、ここへ他の一等官たちがきているのは、特別な事態が起きたのだと、ウィートは、肌身に感じるのだった。
そればかりか、宮廷内で皇帝陛下の次に尊敬する護衛官の長官から言葉を掛けて貰えたので、少なからず緊張しながら答える。
「今朝、試用食の物品が届きまして」
「え、なんだって?」
「これがそうです」
背袋に入れられていた紙製の箱が、ボイルドの手に渡る。
「おい二等護衛官、こりゃ極細乾麺ではないか!」
「はい。実は、乾麺を束ねてある紙帯が、秘密の伝書になっています」
そう話しながらウィートが、腰の小物袋から細長い紙片を取り出す。
ボイルドは、一目ですぐに得心できた。
「そうか分かったぞ! 同じ秘文書が東部国境門にも届けられたのだ」
「ええっ、それはどういうことでしょう!?」
眉をひそめるウィートに、横からチャプスーイが説明を始める。
「その物品は、私のところにも届いたよ」
チャプスーイが昼餉に食べるものを決めかねていたところ、都合のよいことに、極細乾麺が届いたものだから、早速その二束を茹でようとして解いた紙帯の内側に、よく見知っている筆跡があるのだった。
二本の帯には、どちらにも小さな文字で「帝国軍が自治区に侵攻」と同じ文が記されていたので、空腹も忘れるほどに驚愕し、一等護衛官に伝える必要を感じて、ここへ駆けつけたという。