《★~ ジェラートを悩ます事態(二) ~》
平民の言葉だからといって疑うつもりなど毛頭ないけれど、ジェラートは念のため、問い直してみることにする。
「その少女は間違いなく、ジェラートさまの婚約者、メルフィル公爵家のキャロリーヌであると、そのように名乗ったのか。聞き間違いではないのだろうな!」
「はっ、まさしく、その通りでありました!」
「ははあ、自分もそのように、しかとお聞き申し上げましてございます!」
「そうか。うん、分かったよ。手数を掛けた……」
ここに別の二人組が近づいてくる。彼らも五等護衛官である。
その姿に気づいたジェラートが、矢継ぎ早に尋ねる。
「おおキミたち、白馬を連れて歩く少女を見なかったか?」
「見ておりません!」
「は、右に同じであります!」
「うむ。そうか、キミたちは交代にきたのだな?」
「はっ!」
「はは!」
「よし、では職務を続けよ」
「承知!」
「ははあ!」
長い時間じっと動かずにいると、どうしても凍えてしまう。そのため、半刻ごとに交代する「持ち回り制」が採用されている。
やってきたばかりの二人がこれから門番を担当し、今まで立っていた二人は巡回警備の任務に就くのである。
「ライス嬢、キミはオートミールの補佐を頼む。僕は今すぐ邸へと帰り、所用を済ませてから、なるべく早くに宮廷内へ戻るようにする」
「了解しました。お気をつけて」
「うん」
ジェラートは、スプーンフィード家の方へ足を向けた。
この頃にようやく、雪が降りやみそうになるまで弱まってきている。
・ ・ ・
自邸への途中、二人組で巡回している護衛官とすれ違うこともあったけれど、ジェラートは無言で通り過ぎた。この場合、非高級官たちは必ず立ち止まり、腰を折ってお辞儀する体勢で、高級官が去るのを静かに待つ。
《この慣例も、いずれ改めねばなあ……》
巡回警護の目的とは、不審な人物や危険な獣などが宮廷内を脅かすことのないようにすることが第一である。低姿勢で高級官を見送るのは時間の浪費と思えるのだから。
少し駆け足で、一等地にやってきた。豪華な邸が、それぞれ広い領地内にポツポツと立つ壮観な眺めである。
すぐ近くに、人より二倍高い塀で囲われたスプーンフィード伯爵家の敷地がある。
ジェラートは裏門へ向かい、そこから入った。この方が最も早く馬小屋へ辿り着くことができるから。
しかしながら、白い愛馬はおらず、他に人の姿も見えない。
《やはりキャロルの名を騙る曲者に略奪されたか。ああ、僕が連れ帰るべきだった。ファルキリーに万が一のことでもあれば、それこそ一生の不覚……》
この場にしばらく立ち尽くしていたジェラートだけれど、今さら悔やんでいても仕方のないことだと思い直し、邸内へ入ることにする。
《急いで召使いたちに命じ、近辺の捜索を始めさせなければなあ》
ローラシア皇国一の貴公子、この男はどんなに莫大な金品を使ってでも、世界で一番に愛する白馬を捜し出す気でいるに違いない。
皇国にとって、今がどのような時期であるかということを、ジェラートはすっかり忘れてしまっているのだった。