《☆~ ベイクドアラスカの野望(一) ~》
本日は、ローラシア皇国紀年で二千二十二年、第七月の十二日目。
パンゲア帝国の王室において、女王就任式が、改めて執り行われることとなり、再び、第一演習場に百万の衛兵が集結した。
最初、高く盛られた土塁の上に、菫色の婦人服を纏ったベイクドアラスカが、蒼毛の逞しい牡馬に乗って姿を見せる。その着衣は、古くから帝国女王の母の正装として使われてきた。
「忠実な衛兵らよ、しかと聞け」
先代王の第三王妃は、前回の事件について、粛々と説明を始める。
「一昨日、女王就任式を中止したのは、あろうことか、愚かな馬虻めが、高貴な帝国女王馬、武装乙女号を刺したため、女王陛下は、機敏にお下馬遊ばした」
ここで一度、話が途切れる。
土塁の下に立つ政策官長のサトニラ氏が、ベイクドアラスカの言葉を、大声で繰り返す。すると、五列目の中央にいる大隊長、そして彼の左右に十人を隔てて立つ者たちが、同じことを行う。
これを五列ごとに繰り返し、長い列の両端や後ろの列にいる衛兵たちにも、第三王妃の演説を、順番に知らせることができる。
「稀有な身体能力を秘めておられる女王陛下は、お見事にご着地遊ばし、一つの掠り傷すらなく、ご無事でなによりであった」
この偽りに塗れた言葉も、漏れなく百万の軍勢へと伝わる。
先日ボンブアラスカは、お馬の背中から、土塁の後方に向かって転落した。そのお陰で、地面に後頭部が激突する光景を、どの衛兵も見なかった。女王の死去は、このまま伏せられることとなる。
「極悪な罪を行った馬虻は、捕らえられ、その場で首を跳ねられた」
これも事実に反する。そもそも、女王を乗せたお馬が暴れたのは、虻に刺されたのではなく、百万の大歓声に怯えたからだった。
しかしながら、「忠実な衛兵ら」は皆、心から信用するか、あるいは信じているような気色を見せなければならない。もし疑っているのではないかと少しでも疑われたら、その場で首を跳ねられるのだから、これは無理もない。
「お御心のお優しい女王陛下は、たとい極悪虻であっても、その者の死を、お悼みなされ、お泣き遊ばした。このため、女王就任式を直ちに中止とし、本日ここに、改めて執り行うことと相成った」
数分刻、ベイクドアラスカは黙る。そうしないことには、演説の締め括りが遠くの者にまで届かない。
そして頃合いを見計らい、再び、言葉を発する。
「女王陛下がこの場に、お上がり遊ばす。盛大な歓声でお迎えせよ」
そしてベイクドアラスカは、小声で「静けさ」と詠唱する。
少しして、二日前と同じ姿、白一色の総大将軍服を着た少女が、白い牝馬に騎乗して現れる。この者は、ボンブアラスカと体格がよく似た別の人族だった。
これから表向きは、第百二十五代のパンゲア帝国王を務める。実際には、ベイクドアラスカが女王としての権力を握ることに決めているので、この少女は、いわゆる「傀儡」に過ぎない。
白馬の立つ土塁は、お馬の背丈四つ分の高さがあり、その下からお馬の縦幅五つ分を隔てているため、衛兵たちには、少女の顔がよく見えない。だから、彼女がボンブアラスカでない別の者だとは、知る術がない。
百万人が再び、祝福の声を発する。
「「「女王陛下、万歳!」」」
ベイクドアラスカの施した魔法の効果で、土塁の上だけは、しばらく沈黙の状態となる。そのお陰で、白馬は、前回と違って怯えず、暴れたりしない。
「「「女王陛下、万歳!」」」
衛兵たちの発する大音響が、地域一帯を包み込む。
今度ばかりは、ベイクドアラスカと王室の中枢にいるサトニラ氏たち数人が、思惑通り、やり直しとなった女王就任式を、無事に終えることとなる。
 




