《★~ 女王就任式(八) ~》
本日は純水の日。このため水鏡の効果が、他の日よりも、いっそう強まっているのだった。
しかしながら、ピーツァは、まさか目の前に立つ白馬に、そのような魔法が施されているとは、砂粒の大きさすらも思わない。
彼が先日見たお馬は、紛れもなく大陸一の駿馬に違いなかった。ところが、ここにいる牝馬は、あれには及ばないけれど、ファルキリーだという印象を、強烈に漂わせている。だから、「ローラシア皇国にいた大陸一の駿馬は、ファルキリーと違う別の白馬だった」と考えざるを得ない。
ピーツァが答えないものだから、アニョンは再び問う。
「どうしました?」
「がおす」
「このお馬は、ファルキリーではないのですか?」
「いんや、ファルキリーさが」
「では、間違いなく本物ですね?」
「がおっす!」
自信を取り戻し、威勢よく返答するピーツァである。
「そう、ご苦労です。お約束の金貨をお渡ししますので、こちらへ」
「がおす」
アニョンがピーツァを連れ、王室の地下へ案内する。
その途中、「どうしてすぐに答えなかったのですか?」と問われ、ピーツァは、「お馬が少なならず疲れているようだったので可哀想に思っていた」などという意味のことを話して言葉を濁す。
しばらく歩き、地下へ通じる階段の前に到着する。
「ここを下りて真っすぐに進めば、扉があります。その中が宝物庫です。ピーツァさんにお渡しする金貨を用意していますから、そこへ行き、お受け取り下さい」
「がおす」
獣族は、敵対する者には強い警戒心を抱くけれど、味方とみなした者の言葉は信じやすい。だからピーツァは、なんら疑うことなく、地下へ向かう。
アニョンは、さっさと立ち去る。あの者が、地上へは、もう戻ってこないのだと知っているから、待つ必要などないのだった。
・ ・ ・
森林の日、パンゲア帝国の女王就任式が盛大に始まった。
王室の広大な敷地、その半分近くを占める第一演習場に、衛兵たちが集結し、帝国軍旗で地域一帯が赤く染まる。
なにしろ、およそ二千五百人が、お馬の横幅二つ分ごとの間隔で、横一列に整列し、その列がお馬の縦幅二つ分ずつを隔て、四百も続いている。人族、竜族、魔女族、獣族たちからなるパンゲア帝国軍の第一大隊から第四百大隊までが、一つの街を埋め尽くしているような壮観だということ。
先頭の第一大隊から前方に、お馬の縦幅五つ分を隔て、地面が、お馬の背丈四つ分ほど盛り上がっている。そこに、二十四もの大粒白真珠で飾った王冠を頭に載せた少女が、白一色の総大将軍服の姿で、美しい白馬に騎乗して現れる。
彼女こそ、第百二十五代のパンゲア帝国王に就任したばかりの女王、ボンブアラスカである。
列の両端や、後ろの列からは遠過ぎて、姿がよく見えないけれど、百万人が同時に、祝福の声を発する。
「「「女王陛下、万歳!」」」
大音響のために、突如、お馬が驚愕して暴れる。
「ヒッヒーン!!」
ボンブアラスカは、お馬の背丈五つ分ほどの高さからふり落とされ、後頭部が地面に激突する。このため、命を落としてしまうのだった。
華やかで厳かな空気の満ちていた第一演習場が一転、俄かに騒然となる。当然のこと、女王就任式は即刻中止された。
希望の塊だった娘を亡くし、ベイクドアラスカは荒れ狂わざるを得ない。
「たかが百万の衛兵どもの発する声に慄くなぞ、大陸一の駿馬にあるか! 紛い物なのだ! ローラシアの宮廷顧問、シャルバート‐スプーンフィードに、うまうまと騙されてしまったわ! 許さぬ、決して許さぬぞ、憎らしい皇国め!」
ベイクドアラスカは、自らが実質的な女王、帝国軍総大将となり、「隣国ローラシアを百万の軍勢で攻め滅ぼす準備を始めよ!」と、政策官長のバトルド‐サトニラおよび第一女官のミルクド‐カプチーノに厳命する。
九百年の歴史を持つパンゲア帝国の軍事力は、今が史上最強と言えよう。人族兵九十万、竜族兵二万、魔女族兵三万、獣族兵五万、これは人族の正規兵なら、三百万より多い軍勢に匹敵している。
一方、人族兵に換算して百万規模に満たない現状のローラシア皇国では、このような危機を迎えていることを、まだ誰一人として知らない。