《★~ 女王就任式(七) ~》
十の刻、帝国女王の白馬を乗せた馬車が、ようやく王室に到着した。後続の部隊がすべて戻ってくるまでには、あと一つ刻より長く掛かるはず。
衛兵たちは、昨晩から寝ておらず、すっかり疲れ切っている。それでも任務を全うするまで、彼らが気を緩めることは、一分刻たりともできない。
一方、第三王妃のベイクドアラスカは、業火の星に祈りを捧げ、衛兵団が出立したという知らせを受けてから、五つ刻まで睡眠していた。空腹と眠たさに耐えている者たちの気持ちを考えず、労いを表わす言葉の一つすら、与えようとも思わない。
そのように冷酷な魔女が居室とする第一王妃の間に、第二女官のアニョン‐ピュアレイが現れて、白馬の到着を報告した。
ベイクドアラスカは、少しばかり機嫌を損ねている。
「やけに遅かったではないか!」
「はっ、なにしろ、三十万もの衛兵たちがローラシア皇国へ赴き、また戻ってくるためには、これほどにも大きく刻が、必要となりました次第にございます。どうか平に、ご容赦のほどを……」
「ふん、分かっておるわ。それはそうと、ファルキリーはどうしたのだ」
「政策官長が、厩舎へお連れしております」
「サトニラが?」
「はい」
「お腹痛の具合はどうなのだ」
「昨夜、虹色蜥蜴の黒焼きを一つ、丸ごと食べたとのことです」
人族は、蜥蜴を黒焼きにして薬用に使う。ベイクドアラスカも知っている。しかしながら、効果については、あまり信じていない。
「気休めくらいには、なるだろうがな。それより、ファルキリーの真贋は、もう見定めたのか?」
「はい、昨夜ピーツァに命じました。これから厩舎へ向かわせます」
「同行して確かめよ。そして急ぎ知らせに参れ」
「はっ、承知致しました!」
アニョンは、低くしていた腰を上げ、第一王妃の間から飛び出す。
一人残ったベイクドアラスカは、グレート‐ローラシア大陸を支配するという、手前勝手な展望を胸中に描くことで、今宵もまた悦に入る。
・ ・ ・
こちらは、帝国王室の厩舎内に新しく作られた「帝国女王の白馬の間」と呼ばれる特別な部屋。ここへ政策官長のサトニラ氏が白い牝馬を連れてきた。
お馬は、運搬用の馬車に閉じ込められ、五つ刻半も、じっとしていなければならなかったせいか、元気がないように見える。
女王に就任するボンブアラスカの所有となるのだから、当然のこと大切に扱う必要があり、言葉使いも丁重でなければならない。
「ファルキリーさま、長旅で、お疲れになられましたか?」
「ブルッ」
「今すぐに、お水とお飼葉をご用意致しますので、少々お待ち下さい」
サトニラ氏は、お馬を識別するような眼力を持っておらず、目の前にいる白馬が、六日前に姿を見たファルキリーだと思い、なんら疑いを持っていない。
この場に、アニョンがピーツァを連れてくる。
「政策官長、お迎えした白馬さまを、見定めさせます」
「では早速やって貰おう。その間に私は、お水とお飼葉を準備します」
「承知しました。さあピーツァさん、確かめて下さい」
「がおす」
この獣族も、六日前にローラシア皇国の宮廷へ赴き、本物のファルキリーを間近で見てきた。
サトニラ氏とは違い、一度でも目にしたお馬を決して見違えない。そればかりか、駿馬かそうでないかを一瞬のうちに識別できる。そういう際立った能力を持っているからこそ、帝国の食客として選ばれるのだった。
《違う白馬さが?? いんや、あっしが、こんが前に見たんが、ファルキリーさがぬがったが?》
バゲット三世に成り済まし、皇国宮廷の馬場で順番に見ることとなった白い牝馬たちのうち、五頭目に歩んできた者とは、明らかに異なるお馬だと分かる。あの時は、「これこそ大陸一の駿馬、話に聞いていたファルキリーだ」と確信したはずなのに、今は、こちらの方が本物のファルキリーに思えてくる。
お馬を凝視すればするほど、自信の揺らぎが膨らむ。今まで経験したことのない不安が胸によぎり、強く鼓動を打つ。
「どうですか?」
アニョンから問われ、ピーツァは、どう返答すべきか迷わざるを得ない。