《★~ 女王就任式(六) ~》
栄養官は日頃から休む日が少ない。それで、灰色月の日に働いていた者は、今日から三日間、替わりの休暇を取ることになっている。
丁度よい機会を得られたので、オイルレーズンは、今朝になってから唐突に、エルフルト共和国へ出掛けようと決めた。
それには二つの目的がある。一つは、オイルレーズンたちの探索者集団が宿願とする「金竜討伐」に備え、可能な限り下調べと訓練を行っておくこと。それと、結婚を決めたロッソ‐ヴィニガを、婚約者となるパースリ‐ハタケーツと引き合わせるためでもある。
急な出立になってしまうけれど、ロッソは、この提案を受け入れ、仕事を休むことにした。彼女が働く鮮魚の市場で首領を務める男は、なかなかに話の通じる人族で、快く送り出してくれる。縁起がよいと同時に、ずっと真面目にやってきたからこそ、突然の休暇でも、なんら障りなく認めて貰えたのかもしれない。
三つ刻半、中央門の外、マトンとショコラビスケが泊まっている宿屋の前に、ロッソを含めた五人が集合する。
オイルレーズンたちに挨拶を済ませたマトンが、アタゴー山麓東門であった昨夜の騒動について伝える。
三十万規模にもなる衛兵団が、お馬の一頭を迎えるという話は、三人の女性を驚かせることになった。オイルレーズンは、少し考えたけれど、予定を変えず、エルフルト共和国へ向けての出立を選ぶ。
一行は、二頭立ての貸し馬車に乗り込んだ。剣捌き、および若い女性を相手にする巧みな言葉捌きの次に、お馬の扱いは得意なのだと自負するマトンが、馭者を買って出た。他の者に頼む必要がなければ、支払うお代も少なくて済むのだから、当然のことオイルレーズンは、その役を彼に任せる。
道中、ショコラビスケが、ふと「パンゲアの竜族らが気掛かりだぜ」と口に出したことで、帝国軍の小隊長をしている竜族の女性、シラタマジルコについての話題が持ち上がる。
オイルレーズンは、数年前に起きた皇太子暗殺事変を思い出す。
「竜族兵のことかのう?」
「へい、仰る通り、奴たちです。慣れない帝国の軍隊で、苦しんでやがるのじゃねえかと、俺は心配になっちまって……」
「ふむ。同じ竜族仲間じゃから、それも無理はない」
馬車の先頭席にいるマトンが、ここに口を挟んでくる。
「そういえば、シラタマジルコさんは嘆いたね。帝国王室へ帰らなければ、死んでしまうとかって」
「マトンさんよお、俺は、そのことが一番に気掛かりですぜ。ありゃあ、一体どういう意味があるのですかい?」
「そのことに僕が触れると、彼女は苦痛な表情になり、《聞かなかったことにして下さい》と答えた。なにか話せない秘密が、あったのだろうね」
オイルレーズンが、独り言のようにつぶやく。
「魔法が施されておるのじゃろう」
「どのような魔法ですの?」
キャロリーヌも、少なからず気掛かりになっている。
「朽ち果てじゃよ。パンゲアから逃げ出さぬようにのう。それに加え、針五万本も掛けられておるはず。もしも逃亡したり、誰かに話したりすると、命を落としてしまうわい」
「なんとまあ酷いことを!!」
「それが、帝国を牛耳っておる悪魔女の策じゃよ」
「あたくしは、そのような非道を見過ごす訳にいきません!!」
いつもは穏やかなキャロリーヌでも、憤りを隠せない。
・ ・ ・
パンゲア帝国軍第一大隊の先頭に立つ小隊が、ローラシア皇国の中央門に到着するのは、四つ刻半を過ぎてからだった。
一等の政策官と護衛官が立ち合い、白馬の引き渡しが行われた。
衛兵団は、十頭立ての大きな馬車を用意している。譲り受けたお馬を乗せて、パンゲア帝国の王室へ、まるで壊れやすい宝石でも扱うかの如く、慎重に運ぶという。
中央門の外から北東へ向かう道は、次から次へとやってくる衛兵たちで、遠くまで細長い列ができていた。遅れてくる部隊は、先頭小隊の後ろに回り込んで折り返すこととなる。
こうして三十万の軍勢は、進路を反転した大蛇のような姿で去ってゆく。