《★~ 女王就任式(三) ~》
つい先日行われた、バゲット三世のローラシア皇国訪問では、およそ三千人からなる衛兵団が、ここアタゴー山麓東門を通過した。
四十人規模の小隊ごとに、小隊長が代表して本人性証明を受け、所属する衛兵の名前や階級などを記載した文書を提出することで、検問を簡素に済ます特例が認められていた。
その際は、三日前に通達があり、認証魔法を担当する魔女族を、あらかじめ増やしておいた。しかしながら、今回はそういった準備がなく、そればかりか、人数が百倍に及ぶ。
国境門の長を務めるクレソンは、断固として抗議せざるを得ない。
「それは無理難題だな」
「なにが無理か! 難題でもない!」
「この前は、七十個あまりの小隊に対し、検問の対応をさせられた。それだけでも苦労した。それが今度は、三十万もの軍勢を通過させろという無茶な要求だ。百倍の仕事になるのだぞ。分かるか?」
人族と比べると、竜族は、あまり細かいことを考えないので、シラタマジルコは思ったことを、そのまま口にする。
「国と国の境で検問をやっているのは、そちらの勝手だ。あたいらのパンゲア帝国ではやらないことを、ローラシアがやりたいのなら、やればよいし、百倍の仕事が面倒なら、やらなければよい。それだけのことではないか」
「では儂らのやり方でやるとしよう。三十万が二手に分かれるとしても、東と西で十五万ずつだ。おそらく、総員の通過が済むまでに、丸一日は掛かるだろうな」
「それでは困る! 通過が円滑に行われるよう、こうして先遣部隊が頼みにきている。だから、どうにかしろ!」
「それが頼む態度か? 儂には、命令しにきたようにしか思えぬ」
「衛兵団は、女王陛下の白馬を譲り受け、明日中に、帝国王室へと連れ帰らなければならない! だから頼む!」
今度は、少し頭を下げてみせるシラタマジルコである。
しかしながら、クレソンは容赦なく言い返す。
「馬の一頭を連れ帰るのに、三十万の衛兵を動かすのは、そちらの勝手だ。儂らローラシア皇国ではやらぬことを、パンゲアがやりたいなら、好きにすればよい」
「するさ。そうしなければ首を跳ねられる。だから検問は小隊ごとではなく、大隊で済ませてくれないか? どうか頼む!」
パンゲア帝国軍では、四十人規模の小隊を八個集めて中隊を作り、さらに八個の中隊、およそ二千五百人からなる大隊を構成する。
単純に考えて、それだけの人数ごとに纏めて検問を行えば、六十回で十五万人が通過できる。この理屈は分かるけれど、クレソンの一存で、規律を勝手に変えてはならない。
「シラタマジルコさんは、小隊長だな」
「だからって、それがどうした!?」
「小隊長より偉い上役の命令には、逆らえないだろう」
「そんなのは、当然だ!」
「儂にしても同じこと。ローラシア皇国に六つある国境門の一つ、ここで長を務めているに過ぎない。だから皇国宮廷が出す指示には服従せねばならぬのだ。つまり、検問を大隊ごとに行う方法など、儂の判断では採用できない」
竜族は、あまり難しいことを考えないけれど、シラタマジルコは、自身の立場と照らし合わせてみることで、クレソンの話す理屈がよく分かる。
「だったら、その皇国宮廷とやらに、お伺いを立ててくれないか?」
「ああ、そうしよう。だが返答が届くまでには、相応の刻が掛かる。早くても明朝、四つ刻くらいだろうな」
「なにぃ、それだと間に合わないではないか!」
「だから最初に、無理難題と言ったのだ」
「そんなあ、あたいは、どうすればよいか??」
「シラタマジルコさんも、帝国王室とやらに、お伺いを立てればよいだろ。もう少しの猶予を、認めて欲しいとな」
「それこそ無理難題だ。あたいの首が跳ねられる。もう終わりだ……」
シラタマジルコは、突如、今まであった威勢を失って、肩を落とし、大粒の涙をいくつも落とす。




