《★~ 女王就任式(二) ~》
アタゴー山麓東門の長、二等護衛官のクレソン‐ピューレが、部下に起こされ、ここへやってきて、苦言を呈する。
「こんな夜更けに怒鳴っている者は、どこの誰だ?」
横から、唐突に男の声が割り込んだので、ショコラビスケは、首だけを回して、相手の顔へ視線を向ける。
「なんだと! あっ、あんたは!!」」
「やあ久しぶりだな、ヴァニラビスケ」
「それは、俺の親爺の名前だ!」
「お、そうだった。済まない、メイプルビスケ」
「違う!! 俺はショコラビスケだ!」
「ああ重ねて間違い、済まなかった。だがそんなことより、パンゲア帝国から、急ぎの知らせがあるそうではないか。それを早く聞かせてくれ。儂は眠いし、またすぐ寝るのでな」
ここへシラタマジルコが割って入る。
「用件を伝えにきたのは、この惚け顔ではなく、あたいだ」
「なんだこらっ!!」
「邪魔だよ、メイプルビスケ。引っ込んでいろ」
「だから違う!! 今度こそ覚えやがれ、ショコラビスケだ!」
普段は温厚な竜族の男が、とうとう怒り心頭に発した。
しかしながら、シラタマジルコは、彼の相手をせず、太い腕で彼の肩を押しのけて、クレソンの前へと進み出る。
「貴公が、ここの長だな」
「その通り。そちらさんは?」
「あたいはパンゲア帝国の衛兵小隊長、シラタマジルコだ。女王陛下の白馬譲り受け団、先遣部隊の任務で、ここへきたのだ」
「分かった。で、至急の知らせがあるそうだが、こんな夜更けに一体なにごとか」
クレソンから説明を求められ、シラタマジルコは、用件を率直に伝えた。
白馬を譲り受けるためのパンゲア衛兵団が、ローラシア皇国へ向けて、この後、一つ刻に出立を始めるので、国境門の通過が円滑に行われるよう、特別な取り計らいを願い求める目的で、先遣部隊が送られた。
しかも、衛兵団は東と西、二手に分かれて進軍するので、もう一つ別の先遣部隊が、アタゴー山麓西門にも、同じ要請をするために向かっているという。
先ほどクレソンが仮眠に入る少し前、皇国宮廷から、飛行書を携えた三等護衛官の魔女族、キャロトベイグルが、この国境門を通過した。
伝書には、皇国からパンゲア帝国へ、ファルキリーという名の白馬を譲ることが記されていて、クレソンは、それを読んだので知っている。まだ一つ半くらいしか経っていないけれど、早くも、お馬を譲り受けるために衛兵団を動かすという帝国の意図には、さすがにクレソンも理解が及ばない。
「話は分かったが、なぜそう急ぐ必要があるのか?」
「善行は急げ、熱い鉄はすぐ打て、だからだ!」
「それもそうではあるが、急ぎ過ぎだな」
「ぐだぐだ抜かすな! あたいたちの帝国王室を侮辱する気か!」
「なにも、侮辱するつもりはない。それより、衛兵団の規模はどれほどか」
「総勢三十万人、東と西の二手に分かれて、ローラシアへと向かう」
「なに、三十万だと!?」
クレソンは驚き、そして呆れるのだった。
近くで話を聞いていたショコラビスケが、思わずつぶやく。
「たかが馬の一頭を譲り受けるがために、それほどの大軍勢を動かすなんて、どこのどいつが思いついたんだ。がほほ」
「こらショコラビスケ、聞き捨てならないぞっ!」
「おっ、やっと俺の名を覚えてくれたか。がっほほほ!」
「やかましい! たかが馬の一頭ではない、帝国女王の白馬だ! だからこそ、あたいたち衛兵団、三十万人が、ご丁重にお迎えしなければならない! この大切な任務は、パンゲア王妃殿下、ベイクドアラスカさまの厳命だ!」
大声で怒鳴り散らすシラタマジルコを前にして、ショコラビスケは辟易せざるを得ない。
「よく分からねえし、ついていけねえな」
「お前なぞ、ついてこなくてよい!」
「いや、意味が違う。あんたの話には、ついていけねえってことだ」
「だったら最初からそう言え! 紛らわしい!」
「へいへい。承知ですぜ、シラタマの姐さん」
ショコラビスケは、「もうこれ以上は、機嫌を損なっている者の相手などしない方が得策だ」と考え、黙って傍観しようと思うのだった。




