《☆~ ロッソの縁談(一) ~》
中央通りから脇道へ入って進んだ先に、二等の地帯があって、市場で働く者たちの多くが住んでいる。
皇国から割り当てられた、貸宿と呼ばれる宿所の一室に、ロッソが、今は一人、ひっそりと暮らしている。ここにキャロリーヌとオイルレーズンが訪れた。
ロッソの母親、ビアンカ‐ヴィニガの命日ということで、ロッソは、高級食材として知られる銀竜鯰を手に入れていた。今宵、その姿焼きを、キャロリーヌたちにも振る舞ってくれるという。
ビアンカが生前に愛用していた平皿にも、最初に焼き上がった銀竜鯰が載せてある。亡くなった者を偲んで捧げる、いわゆる「お供え」である。
女性たちの夕餉は、少なからず賑やかに進む。いつもは一人で静かに過ごしているロッソにしてみれば、本当に楽しい機会になった。
鯰を一匹ずつ食べた後も、香草茶を飲みながら、会話を続けている。
「ロッソさん、結婚のことは、どのように考えておるかのう?」
オイルレーズンが尋ねたのは、以前ロッソに持ち掛けた縁談のこと。
エルフルト共和国の大統領が息子の嫁探しをしていて、婚約者にならないかという話だった。キャロリーヌも、あの一件を思い返す。その際にロッソは、「少しばかり考えてさせて貰えますでしょうか」と答えていた。
「色々と、思案を巡らせました。それであの、オイルレーズン女史」
「ふむ。やはり気は進まぬかのう」
「いえ実は、お受けしようかと、決心しておりました。けれども、あれから数ヶ月が過ぎていることですし、お相手の方は、もう見つかってしまったとばかりに」
「いいや、まだ見つからぬわい。そもそも嫁を決めるのは、他でもなく、このあたしじゃからのう。ふぁっははは!」
「え、それは、どういうことでしょう??」
「二等栄養官さまがお決めになる!?」
ロッソとキャロリーヌは、不思議に思うのだった。どうして嫁を決めることが、結婚しようとしている本人でなく、本人の親でもなく、別の国にいる魔女族に任されているのか、そう簡単には理解できそうにない。
それでもキャロリーヌは、咄嗟に考えた推察を話してみる。
「ひょっとしますと、二等栄養官さまは、結婚を望まれている方たちを相手に、お嫁さんや、お婿さまを探すご商売を、お始めになったのかしら?」
「いいや違う」
「あら、違いますのね」
「あたしが嫁を見つけたところで、お代なぞ貰えぬわい」
「まあ、そうでしたか」
想像が外れていたと知り、キャロリーヌは肩を落とした。
その一方で、ロッソが思いつきを口にする。
「オイルレーズン女史は、エルフルト共和国の大統領と、なにか深いご縁でも、お持ちなのですか?」
「深い縁というのは、その通りじゃとも。なにしろ、エルフルトの大統領、コラーゲン‐ハタケーツは、あたしの弟じゃからのう」
「えっ!」
ロッソは、思わず、短い叫び声を上げてしまった。
もちろんのことキャロリーヌの方も、少なからず驚いている。
「あらまあ、そうとは知りませんでした」
「ふむ。キャロルにも、話しそびれておったわい。ハタケーツ家には、ずっと守り続ける家訓があるのじゃよ。男子に限って、その婚約者を選ぶのは、身内で一番の長老に任せるべしとな。そのために、このあたしが、コラーゲンから息子の嫁探しを頼まれた」
オイルレーズンに一人だけいる兄弟は、ハタケーツ家に婿入りし、第四百四十六代の大統領に就任したという。
キャロリーヌは、この話も初めて聞くことで、ロッソと二人、感嘆の声を上げるしかないのだった。