《★~ 帝国女王の白馬(五) ~》
十の刻を、少しばかり過ぎた。夜の帳がすっかり下り切っている。
夕餉の品々をゆっくりと味わった後、ベイクドアラスカは、第一王妃の間に戻ってきて、露台へ出る。
この第三王妃は、夕餉の料理の他にも夜の楽しみを持っている。大陸の全土を自らの手に入れるのだという、壮大な夢想に耽ること。
「まずはローラシアとエルフルトを滅ぼし、メン自治区を再びパンゲア帝国の領土に戻すとしよう。そうして、ドリンク民国をも従えるのだ。すべてを成し遂げた暁には、グレート‐ローラシアなどという、つまらぬ呼び名を廃し、パンゲア‐アラスカ大陸にすればよい。あっはははは! よいぞ、あははは!!」
当の本人は、夢想などではなく、現実の計画と考えている。
この刻限、天頂には、美しい蒼色の月が浮かんでいるけれど、この夢想家の眼中には、入ってこないのだった。
突如、第二女官のアニョン‐ピュアレイが現れる。
「妃殿下、ご機嫌この上なく麗しいご様子で、なによりと存じます」
「そうだとも。余は、いつも以上に機嫌を麗しくしておる。しかしアニョン、なにごとか?」
「取り急ぎの、お知らせがございまして、まかり越しました」
この女官は、十の刻から翌朝の四つ刻を迎えるまで、第一女官のミルクド‐カプチーノに代わって、後宮内で立ち働く責任者の役目を担っている。
「ローラシア皇国から到着しました、飛行書にございます」
「かの国め、余のパンゲア帝国を脅威に感じ、結局は送ってきたか」
「そのようにて、ございましょう」
その「飛行書」というのは、風魔法を使える魔女族が、空を飛んで運ぶ文書のこと。
確実に早く届けることができるけれど、よほど優秀な魔女族でない限り、飛行には魔力を大きく消耗するため、急いだ方がよいと判断した際だけに選ばれる手段である。一般の人族を相手に、商売として営む魔女族もいるけれど、お代が高くつくため、利用する者は極めて少ない。
「ふん、空を飛ばしてくる殊勝な対応だけは、認めてやろうではないか」
「仰せの通りにございます」
「さあ寄越せ!」
ベイクドアラスカは、女官が腰と頭を落とした姿で恭しく掲げている書状を、奪い取るようにして、自身の手中へと収める。
差し出し人は、ローラシア皇国宮廷の一等政策官、チャプスーイ‐スィルヴァストウンである。
ベイクドアラスカは、伝書の内容を素早く確認する。
「おお、よいぞ! 帝国女王の白馬が手に入るのだ! あっははは、よい! 今宵は、実によい夜ではないか!」
「おめでたく存じます。かの国を攻める必要は、なくなりましたね?」
「今すぐにはな」
「それでは、明日の三つ刻に決定しています、衛兵団出立の件は、取りやめとなりますのでしょうか?」
「やめる訳なぞない! 出立は、一つ刻に変えよう。準備しておる衛兵ども十万、いや、それでは少ない。三十万にしようではないか。女王の騎乗する牝馬、ファルキリーを譲り受けるため、向かわせるのだ。あははは!」
話を聞いたアニョンは、内心、辟易せざるを得ない。王室も帝国中も、これから寝静まるというのに、三つ刻足らずで、追加の衛兵を、あと二十万も招集しなればならないので、それは無理もないこと。
しかしながら、このような事態を、今までにも数多く経験してきた第二女官は、顔の表情を、砂粒の大きさすらも変えず、いとも平然と答えてのける。
「では早速、栄誉を得られる幸運な者たちを、集めることにします」
「しかと任せたぞ、アニョン!」
「はっ、承知致しました」
一分刻すらも惜しいがために、そそくさと向かうアニョンである。