《★~ 帝国女王の白馬(四) ~》
魔女族は、外見の特徴で人族の女性と変わるところが少ないけれど、魔力を込めて唱える言葉、すなわち魔法を使える能力を持つことが、最も顕著な違いだと言えよう。
その他にも、魔女年齢で百歳を過ぎている者は、人族と違って、なにか動物の肉を毎日欠かさず食す必要がある。肉食をしないことには、彼女たちの身体が、おそろしい「魔女漏れ」と呼ばれる症状を起こしてしまう。そうなると、魔力を少しずつ失って徐々に衰え、たいていの者が、五日ばかりで死に至る。
しかしながら、牙猪、大狼、あるいは一つ角駱駝など、獣ばかりの肉食が続くと、お腹がもたれてしまうので、魔女たちの多くは、鳥や魚類を好む。
帝国王室の後宮に君臨しているベイクドアラスカも、他の者たちと同じく、そのうちの一人である。
突如、露台へ第一女官が現れ、用件を率直に話す。
「妃殿下、夕餉の仕度が整いました」
「そうか。今宵の主料理は、銀竜鯰の姿焼きだな。楽しみであったぞ、あっははは!」
このベイクドアラスカは、魚肉を一番に好んでおり、あっさりしている白身、特に「焼き鯰」を大好物としている。
ところが第一女官は、応対に困っているような様子。
「あのう、それが……」
「ミルクド、どうしたのだ! 余は、なにか間違っておるか?」
険しい表情をした第三王妃を前にして、第一女官は震えながら答える。
「夕餉の予定が、銀竜鯰の姿焼きとなっておりましたことは、もちろん仰せの通り、間違いございません。妃殿下は、常に正しくあられますから」
「そうか。では、どうしたのだ?」
「鯰の方に都合が、つきませんでしたもので……」
「まさか、獲れなかったと申すのか!」
「はっ、まさしく、その通りにございます」
「一匹もか!?」
「はい、獲れなかったのです」
このような不祥事を招くことになった経緯を、ミルクドは、全身全霊で説明しなければならない。
本日、魚釣りを趣味にしている政策官長のバトルド‐サトニラが、銀竜鯰を得るために、帝国王室の敷地内にある黄土色湖畔と呼ばれる沼地へ出掛けていた。
ところが現場に到着して早々、不注意で足を滑らせ、泥沼へ落ちてしまう。泳ぎが不得手なため、溺れ死ぬところだったけれど、数人の部下による助けで、サトニラ氏の命は救われた。つまり、あの剃髪者は、いわゆる「彼は九死に一生を得た」というほどの、大きな危機に瀕したということ。
そういう事情があり、ずぶ濡れで泥まみれになった彼らは、まったく収穫のないまま引き返してきたという。
話を聞き終えたベイクドアラスカは、思わず、自分の膝を手で軽く「ポン」と叩かざるを得ない。
「そうか! すべて合点がいったぞ。沼の水に浸かって身体が冷えたのと、不浄な泥を飲んだせいで、あの者は、お腹痛を患ったのだな?」
「はい、仰せの通りです。鮮やかにして、実にお見事なご推察、さすがは、ご聡明な妃殿下であらせられます。このミルクド大きく感服、致しましてございます」
「あっはははは、そうであろう。そうに決まっておるわ。あははは!!」
「ええ、そうであります。そうでありますとも!」
「うん、よし! そういう事情とあっては仕方あるまい。主料理が別のものでも、今宵ばかりは許すとしよう。あはははは!」
ミルクドが、銀竜鯰の代わりとして、夕餉の主料理に「金鶏の炙り脚肉」が選ばれたことを、丁重な態度で伝える。
そうすると、ベイクドアラスカは、いっそう顔を綻ばせる。
「よい選択をしたものだ。調理官長を褒めてやろうぞ。あっはははは!」
なにしろ、その料理は、二番目の好物にしていて、しかも、食すのは二十日ぶりだから、喜ぶのは当然のこと。




