《★~ 帝国女王の白馬(二) ~》
パンゲア帝国軍旗には、赤い色の生地が使われており、衛兵団を構成する総数で百万にもなる兵員たちが一堂に会すれば、地域一帯が赤々と染まる。
赤は、「燃え盛る火炎」や、「一歩も引くことのない勇猛さ」を象徴しているけれど、業火を代表する色ではない。炎の威力というのは、赤よりも橙や黄色の方が強い。特に、白い炎はより強く、なにより美しい。
ただ単に威力を比較するのなら、青っぽい炎が、白よりもさらに強い。しかしながら、業火系統の魔女族にとって、蒼や紺は、「老練」や「老獪」の象徴なので、若い魔女には似合わない。その逆に、赤や黄色は、「未成熟」を意味する。
このため、新しい女王として君臨する娘には、白こそがふさわしい色だと、ベイクドアラスカは決めている。
「無数に翻る赤い帝国軍旗、それら鮮やかな業火を従える白の女王だ。大陸中が質のよさを認めるパンゲア産最高級絹糸で誂えた白一色の総大将軍服、二十四もの大粒白真珠で飾った王冠、白に輝く秀麗な牝馬、申し分ない! あっははは。よいぞ、よいではないか! あはははは!」
想像を大きく膨らませながら、ベイクドアラスカは、思わず卓上に置いてある呼び鈴を手に取って持ち上げ、激しく鳴らした。そればかりか、もう一方の手で卓をバンバンと強く叩く。
この騒ぎを知った第一女官が、あわてて駆けつけ、腰を落とす。
「妃殿下、ご機嫌お斜めで、嘆かわしいです」
「斜めなものか!! 喜びに満ちる余の顔を、しかと見よ!」
大声で怒鳴られたミルクドは、第三王妃の顔を一瞥してから、再び頭を深々と下げるのだった。その姿勢で、言い直す。
「妃殿下、ご機嫌麗しく、なによりです」
「最初から、そのように言わぬかっ!」
「またしても、失礼を致しまして、申し訳ございません」
「ふん、まあよい。それよりも先の話、サトニラには、伝えたであろうな?」
「ご命令の通り、伝えてきました。ですけれど……」
ミルクドの返答は、歯切れが悪かった。
もちろんのこと、ベイクドアラスカは黙っていない。
「どういうことだ。ハッキリ申せ!」
「あのそれが、政策官長は、《お腹が痛いので明日の出立はできそうにない》と、お泣きになって、そのう……」
「なに!? あの者、お腹痛を患っておるのか?」
「はい、その通りでございます」
「うむむぅ、それならば仕方あるまい。サトニラには休ませるようにして、その代わりに誰か別の者を、臨時の衛兵団長として任じよ。よいか?」
「承知つかまつりました!」
その旨を伝えるために、ミルクドは、政策官長の元へと向かう。
・ ・ ・
キャロリーヌとオイルレーズンは、魔法具の工房にきている。
二人が宮廷門を出たところで、オイルレーズンが唐突に、「おおっ、あたしゃ今日、ホイップと会う約束をしておった。危うく忘れるところじゃったわい」と言い出したので、ここを訪れることになった。
オイルレーズンは、かれこれ五十年のつき合いを続けている樹林系統の魔女族、ホイップサブレーと話している。作って貰いたい魔法具の注文だという。
キャロリーヌがこの工房へくるのは二度目だけれど、以前は置かれていなかった道具も並べられているので、それらを観察しながら待っていた。
「さあ、キャロルや。戻るとしよう」
「お話は、もう済みましたの?」
「そうじゃとも。待たせてしまったのう」
「いいえ、すぐでしたから」
キャロリーヌが言うように、ここへ入ってから、まだ五分刻くらいしか経っていないので、「待たされた」というほどの実感はなかった。
「ホイップ、よろしく頼んだぞ」
「ええ、承知よ」
「ふむ」
「キャロルちゃん、またきてね」
「はい!」
笑顔のホイップサブレーに見送られ、キャロリーヌたちは、工房を出る。