《★~ 水鏡の効果 ~》
ワイトカミーリアが、馬場を快調に半周だけ疾駆し、真っすぐ戻ってくる。
ここでは既に、チャプスーイやオイルレーズンたちが集まり、白馬とジェラートの帰還を待っているのだった。
お馬の背中から颯爽と降り立ったジェラートが、チャプスーイに話し掛ける。
「そちらの麗しい淑女が、この馬に、必要な魔法を掛けて下さるのですね」
「はい、その通りです」
チャプスーイが、従妹で純水系統の魔女族、シェドソーメンに、ジェラートとワイトカミーリアを紹介した。
麗しの魔女は、挨拶の言葉を短く終わらせ、やるべき仕事を、すぐ始めることにする。もたもたしていると日が暮れてしまうので、そうするのがよいと、考えてのことだった。
「魔法を唱え、ファルキリーさんの印象を、このワイトカミーリアさんに映すことにしますから、ジェラート殿は、お馬さんの目をしっかり見据えながら、ファルキリーさんの姿を、胸の内に強く、思い描いて下さいまし」
「はい」
これで準備が整い、シェドソーメンは一つ、「水鏡」と詠唱する。
「済みましたわ」
「えっ?? もう、よいのですか」
「はい」
魔法は瞬時に施された。彼女から受けた挨拶と同じく、あまりにも短く終わったので、ジェラートは、拍子抜けせざるを得なかった。
ここにオイルレーズンが口を挟んでくる。
「ジェラート殿、ワイトカミーリアの姿を、よくご覧になってみなされ。どのように、感じますかな?」
「はっ、ワイトカミーリアに違いありませんが、なんとも不思議なことに、目の前にいる馬がファルキリーのように思えてきます。変な心地ですよ」
「ふぁっはは。それこそ、水鏡の効果なのじゃ!」
今のワイトカミーリアを見て受ける印象は、ファルキリーに対して抱く印象と同じか、それより強くなっているので、知らない者に、このお馬を見せれば、簡単にファルキリーだと思い込ませることができるのだという。
けれども、ジェラートが言ったように、以前からワイトカミーリアを知っている者なら、目の前に立つお馬がワイトカミーリアか、そうでないかは、一目瞭然ということに違いはない。
ここでキャロリーヌが、一つ気になることを尋ねる。
「パンゲア帝国の王さまは、ワイトカミーリアを知っておられませんの?」
「先日やってきたバゲット三世を名乗る男は、見ておらぬそうじゃ。この場で、白い牝馬を順番に歩かせたのじゃが、ワイトカミーリアが出てくる前に、かの者は車から落ちて、帰国しおったからのう。そればかりか、その男はファルキリーを知らぬと、あたしゃ考えておる」
「そうですの?」
「ふむ。かの者は、ファルキリーを見て、輝かしい白馬と褒め、そして名を尋ねたそうじゃ。それでジェラート殿がシルキーローラと答えたのに対し、この白馬こそファルキリーじゃと叫んだそうではないか。目の前に現れた白い牝馬の姿があまりにも見事じゃったから、この馬が噂に聞いておった美しい駿馬、まさしくファルキリーに相違ないという印象を受けたのであろう。じゃが、本当にファルキリーであるという確信がないから、名を尋ねたのじゃ。つまり、かの者は、ファルキリーのことを知っておらぬはず。じゃから今のワイトカミーリアを見て、この馬こそ真のファルキリーと叫ぶに違いない。水鏡の効果で、より強く、ファルキリーの印象を受けるのじゃからのう」
オイルレーズンが考えた策は、あくまで相手が真のファルキリーを知らないことを前提としているのだった。
その相手、バゲット三世を名乗る男が、ファルキリーを知らないのなら、なんら問題はないはずと、キャロリーヌは思った。
「それでしたら、安心ですわね」
「いいや違う」
「えっ、違いますの!?」
「この策は、パンゲア帝国に、ワイトカミーリアとファルキリーの両方を知っておる者がおれば、最早どうにもならんわい」
「あらまあ、なんと危うい策でしょうか」
「ふむ。一か八か、ふぁっはっはっは!」
いつもより大きな声で陽気に笑うオイルレーズンを前にして、キャロリーヌは、少しばかり心配になってくるのだった。