《★~ シェドソーメンの売り込み ~》
もうすぐ八つ刻になる頃、ローラシア皇国の宮廷門に、一等政策官の従妹であるという、シェドソーメンと名乗る魔女族が現れ、立ち番に取り次ぎを頼んだ。
知らせを受けたチャプスーイが、急ぎ門前までやってくる。
「シェドさん、お久しぶりです。お健やかに、過ごしていましたか?」
「はい。お陰さまなことに、嫁ぎ先では皆さまが、たいそう親切にして下さいますし、占い小屋の職を続けることもお許し頂けましたの。ですから今は、一つの不自由もなく、幸せにしておりますわ。ほほっ」
「そうですか。なによりのことで、よかったです」
「ありがとう」
肌は透き通った白で、薄く潤う水色の髪も、見栄えがよい秀麗な魔女である。少しばかり歳を取っているけれど、容姿も、声や振る舞いから漂う気品も、すべて魅力は以前より増している。
かつてチャプスーイは、この従妹に対して密かに熱い思いを抱き、求婚の機会を窺っていた。
しかしながら、彼がもたもたしているうちに、この魔女は、別の人族男性と結婚することとなり、今はメン自治区で暮らしている。かれこれ六年ばかりが過ぎた。
「それはそうと、突然呼びつけてしまって、今日は済みませんでした」
「いえ、従兄妹同士ですもの。それより、この品をお納めになって」
シェドソーメンが、手に持っている包みを差し出す。
「おや、それは??」
「嫁ぎ先がお作りし、大陸の各地へ向けてお売りしております、極細乾麺ですの。どうぞ、ご賞味なさって下さいまし」
「おお、聞いたことがありますよ。一時期は、買い求める者がとても多くて、製造も追いつかないくらい、よい評判となった食品でしょう」
「そうですの」
包みの中身は保存食だった。メン自治区で採れる良質の小麦と髄塩と魚油から作られる、糸くらいに極めて細い線状の乾燥麺を五百本ほどで束にして、合わせて二十四の束が紙製の箱に詰まっている。
二束を一食分の目安にして、お湯が煮えたぎる鍋の中で茹でて調理し、それとは別に用意する、笠茸の成分と塩分が効いた汁に浸せば、たいそう美味だという。特に暑い季節は、冷たくして食べると、涼も取れて格別な逸品となる。
そういう話を、チャプスーイは人伝に聞いたことがあるけれど、一度も食していない。従妹が手土産のつもりで持参してくれたのだと思い、喜んで受け取ることにする。
「遠慮なく頂くよ」
「どうぞどうぞ。でも、近頃は、以前のように、そんなに沢山は売れなくなっておりますの。できましたら、今度お買い求め願えませんかしら。ご注文の伝書を一つお送り下されば、こちらの地域でしたら、翌日にお届けできますわ。お代は、品をお渡しする際に、頂戴することとなっておりますの」
「は、はぁ……」
「お頼みしましたわよ?」
「はっ、ではまた、必ず……」
「ありがとうございます。ほほっ」
単なる手土産ではなく、いわゆる「売り込み」の道具だったのだと、今になって気づくチャプスーイである。
「ところで、水鏡を掛けるお馬は、どちらに?」
「はい。今からお連れします。さあ、こちらです」
「あのう」
「なっ、なんでしょう??」
チャプスーイは、この魔女から、さらになにか頼まれるのかと思った。
「水鏡を施して、効果を引き出すためには、お馬に強い思いを持たれるお方が必要となりますの。しかも、そのお方から、思いを根こそぎ奪うこととなります。知っていらして?」
「あ、はい。水鏡という魔法について教えて下さった、宮廷官の女史から、その話も既に聞きました。そして、馬を強く愛している男性もいまして、本人から承諾を頂けております」
「そう」
「えっと、なにか他に、お尋ねになることは?」
「いえ、ありませんわ」
「ああ、よかった。では参りましょう」
「はい」
こうして二人が並び、厩舎のある方へ向かって歩き始める。
チャプスーイの頭には、先日もパンゲア帝国からの客人を連れ、この先から続く曲線状の道に沿って同じように進んだ記憶が、蘇ってくるのだった。