《★~ 皇国を揺るがす大事変 ~》
いつもなら、まだ静まり返っている夜明け前の刻限でありながら、今の宮廷内は騒々しく、どこもかしこも落ち着きがない。
それもそのはず、皇帝陛下が暗殺されてしまったのだから。
造反事変である。二千年近い歴史を持つローラシア皇国にとって、史上最悪の大事変が起きているのだった。
二人連れの男女が、あわてた様子で駆けてくる。
そのうちの一人、女性がこちらに向けて叫ぶ。
「ああっ、ジェラート一等管理官さま!」
「おおライス嬢。これは丁度よい、すぐ正門まで行き、ファルキリーを僕の邸宅まで連れ帰って貰えないだろうか。今の彼女は喉が渇き、空腹でもあり、さぞかし疲れ切っていることだろうからね。オイルレーズンがもう起きているであろうし、あの老婆に託してくれたまえ」
「は、はい! 承知つかまつりましてございます!」
上官の命令には絶対的に服従しなければならない宮廷官職者の立場であるから、この若い三等管理官、ライス‐チャプスティクスは、直ちに正門へと走った。
もう一人は、オートミール‐フォークソンという三十歳の優秀な二等管理官である。この者も、ジェラートに負けず劣らぬ美形の男ではあるけれど、しかしながら今ばかりは、その血相がとても悪いように見える。
「どうかしたのか、オートミール」
「はい、一大事です。皇帝陛下が暗殺されまして、ございます……」
「なっ??」
「それだけにございません。陛下のみならず、一等調理官殿も……」
「な、ななっ、なんだとぉ! 兄上までもが、こ、殺されたというのか!?」
スプーンフィード伯爵家の長男、フローズンも亡き者となっているのだった。
三年前、グリル‐メルフィルが退いた後、二等調理官だった彼が、一等の地位を引き継ぐことになった。そしてその二年後、病気で引退する一等管理官に代わって、二十三歳のジェラートが最上級へと登り詰めたのである。
兄弟揃って一等官職に就いたことだけでも史上初であり、しかも二人はまだ二十代という若さ。ローラシア皇国内にいる知識人たちの中に、この大偉業を知っていない者など、一人としていない。
「は、はあ……誠に、お気の毒なことであります……」
ジェラートより六歳上の男から送られる丁重な「お悔やみ」の言葉だった。
「おんぬぉれぇー、いったい誰だっ! どこの曲者めがやりおったのだあぁ!!」
「わ、分かりかねます。私どもも、つい半刻ほど前に、この知らせを受けたばかりにて……」
オートミールは深々と頭を下げている。
常日頃からジェラートは、相手の地位がどんなに下であろうとも、特に年長者には、その年の功を尊重し、多大な敬意を払って接してきた。
それなのに、つい言葉を荒げてしまっている。
しかしながら、自らの取った悪い態度に、すぐ自らで気づくジェラートである。
「ああ済まない。僕ともあろう者が、大声で汚い言葉を吐いてしまったよ」
「いいえ、お気になさらずとも構いません。それよりも一等管理官殿、スプーンフィード伯爵からの言伝がありましてございます」
「なに、父から?」
「左様です。できるだけ速やかに戻るようにと、仰せにてございます」
「そうか分かった。オートミールよ、しばしの間、宮廷内のことを頼む」
「は、承知致しましてございます!」
「うむ」
ジェラートは、急ぎ自邸へと向かうことにした。