《☆~ シャルバートの話(六) ~》
今度は、オイルレーズンが渋面を見せ、苦言を呈する立場になる。
「やれやれ。悪い賊どもがこなくとも、代わりに狂暴な獣が現れては、本末転倒とみなすしかないわい」
「ああ、それは儂も同じに思う。しかし、どうか信じてくれ。自然改変を行うことで、山賊集団を寄せつけないようにする解決策なぞ、この儂は、決して望んでおらなかった」
「その言葉に、偽りはなかろうか?」
「断じてないぞ。それからもう一つ、魔女のベイクドがシーサラッドの毒殺を計画しておったのも、儂の与り知らぬことなのだよ。皇帝陛下に誓ってなあ」
「そこまで言い遂せるのなら、最早、是非は問えぬわい。今日のところは、信じておくとしようかのう。ふぁっはは」
「ふん」
いつものように、鼻を一つ鳴らすシャルバートである。
一方、オイルレーズンの視線は、キャロリーヌの顔へと向かう。
「さあて、あたしらは撤退せねばなるまい。病人相手に長話をしておっては、さぞかし身体に、障るからのう」
「おいこら婆さん、もう十分に、長々と話しておるではないか!」
「それほど大きな声を出せるまで、回復できたのじゃな。やはり、白竜髄塩のお陰に違いない。よかったであろう?」
「勝手なことばかり抜かしおって。まったく、食えないババアだ」
「なんのなんの、食われてなるものか。ふぁっははは!」
「ぬ……」
シャルバートは辟易させられた。オイルレーズンは、これで彼に対する糾弾を、いわゆる「幕引き」と決め、言葉通り、キャロリーヌを連れて部屋から退散することにした。
二人は栄養官事務所へ向かう。その道中、キャロリーヌが尋ねる。
「伯爵さまの嫌疑は、晴れましたのね?」
「そうなるかのう」
「でも、あのお方が、よくお話しになったものです」
「キャロルや、覚えておくがよい。白竜髄塩は、あたしの顎の調子をよくしたり、弱っておる者の体力を回復させたりするが、その他にも、人族を素直にする働きがあることをな」
「まあ、本当ですの!?」
「もちろんじゃとも。そういう効能があるからこそ、あの頑固な爺さんから、包み隠さず真実を聞き出すことができた。あたしの計略も、見事に功を奏したものじゃわい。ふぁっははは!」
今回、希少な白竜髄塩を分け与えたのは、シャルバートの自白を促すことが一番の目的なのだという。
この真相を、もし本人が知れば、「煮ても焼いても食えないババアだ」などと言って、先ほど以上に辟易するに違いない。
「魔女族には、効きませんの?」
「少しばかりの効果は、あるじゃろうな」
「そうですのね」
「ふむ。実はな、シャルバート殿がネクタに交際を申し込みにきおった時、あたしも、その場におった。今でこそ、あのような爺さんになっておるが、若い頃は、なかなかの男でのう。その姿を一目見て、あたしゃ少しばかり、胸を高鳴らせたものじゃわい」
「もしや、恋心を抱かれましたの?」
「いいや違う。そこまでには、ならんわい」
「そうですか……」
「じゃが、もしネクタがおらなければ、あたしが、シャルバート殿と恋仲になっておったかもしれぬのう。ふぁっはは!」
「二等栄養官さまが初めて恋をなさったお相手は、確かマトンさんの、お兄さまでしたわね?」
そういう恋愛話を以前、キャロリーヌは聞いたことがある。今となって、それを思い出すことになった。
オイルレーズンが、得意気な顔で答える。
「その通り。ディア‐ストロガノフこそ、あたしが、この生涯で出会った男の中の男じゃったわい」
「え、男の中の男??」
「つまりそれは、一番の男という意味じゃよ」
「では、ご結婚されたお相手は、どうなのかしら?」
「せいぜい二十番目くらいじゃわい」
「あらまあ、そんなにも低い、順位ですの!?」
「そうじゃよ。なにしろ、若い頃のあたしゃ、恋することの多い、純真な乙女じゃったからのう。ふぁっはっはっは!」
「……」
老魔女の恋愛話には、いつもながら、キャロリーヌも辟易せざるを得ない。




