《☆~ シャルバートの話(五) ~》
煮込み料理の豊かな香りが残って漂う特別安静部屋に、沈黙も漂う。
少しばかりして、オイルレーズンが尋ねる。
「昔の恋愛話は、終わったようじゃな?」
「ふん」
「ところでシャルバート殿、この先は、どのようになさるかのう?」
「今後のことか。そうだなあ、これまでの儂は、ずっと皇国のことを思って、常に励んできた。第一線を退いた後も、相談役として、よく働いたつもりだ。しかし、もう儂は、少しばかり歳を取り過ぎている。この機に乗じ、相談役を辞することにしようと考えておるのだ。どうだろうかな、ジェラート」
「はっ、そうなのですか。誠に、残念ではありますけれども、父上の仰ることですし、決して二言はありますまい。この先、皇国宮廷のことは、僕たちがしっかり支えて参る所存。ですから、ご安心の上で余生を楽にお過ごしになって下さい」
任を解くことをシャルバートに話す必要がなくなったことで、ジェラートは、ずいぶんと気持ちが楽になるのだった。
しかも、本人へ伝えられる前に、自ら申し出てくれたのであるから、「解任」ではなく、「辞任」という扱いにすることも無理ではないはず。そうすれば、父親の名誉が保てるので、これは望ましい状況だと言えよう。
突如、シャルバートが大きな声を出す。
「オイル婆さん!」
「ふぁっ、なんじゃ!?」
「あ、その……」
「ふむ? もしや、恋の告白かのう?」
「ぬぁ、そんな気なぞ、微塵もないわーっ!!」
シャルバートが怒鳴ったので、ジェラートは気が気でない。
「心の臓に障りますよ、父上」
「ああ、分かっておるわ」
「恋の話でないとすれば、パンゲア帝国皇太子毒死事故に関係することじゃろうかのう?」
「そうだ。今日は、すべてを洗いざらい話そう」
「ふむ」
「あの事故の主謀者が儂だとオイル婆さんが考えておるのは、間違いだ。パンゲアの魔女に脅され、やむを得ず、偽名の女が皇国宮廷で官職に就けるよう、多少なりとも便宜を図っただけだ」
シャルバートは、バゲット三世の第三王妃から、「要求を聞き入れないなら、北方の辺境に住む獣族たちの山賊集団を、スプーンフィード家の私領に呼び寄せ、土地を荒らし回らせるつもりだ」と脅迫されていたのだという。
「やはり貴殿は、ホーリィ‐シュリンプの正体を知っておったのか」
「詳しくは知らなかった。だが、ベイクドアラスカは、企てておる計画が失敗になれば、ローラシア皇国にとっても被害が出るのだと言っておった」
「それは、どういうことじゃ」
「オイル婆さんは、かの帝国の皇太子、シーサラッドが竜魔女だったことを、知っておるか?」
「もちろんじゃとも」
「ならば話は早い。その竜魔の娘が、パンゲアの女王になれば、きっとローラシア皇国にも、多大な害を及ぼすであろうと、ベイクドは話しておった」
「悪魔女の言うことなぞを、すんなりと真に受けたのか」
「いいや、それには半信半疑だった。少なくとも儂は、スプーンフィード家が代々守ってきた領地が平和であることを、優先して考えておったのだ」
ベイクドアラスカの話が事実の場合に、竜魔女のパンゲア王即位が阻止されることには、特に異論はなかった。
逆に、その話が偽りならば、ローラシア皇国に害が及ばないのだから、それでよいことだった。どちらにしても、シャルバートは、お家の私領のことしか頭になくて、あまり深く気にしなかったのだという。
「それと、魔女の要求を聞き入れさえすれば、その先の数十年、土地を守ると約束してくれたのだからな」
「ふむ」
「だがな、最近になって、山賊集団がスプーンフィード家の土地を荒らし回って、甚大な被害が出たのだ。儂は、ベイクドに向けて陳情書を送った。すると、あの魔女めが、儂との約束を守るという口実で、魔法を使った自然改変を、しでかしたのだ」
アタゴー山の西側の麓には、スプーンフィード伯爵家が所有している私領の一部がある。
そこを通行する商人たちが、狂暴な獣に襲われるという被害が多発したのだけれど、原因を作ったは、ベイクドアラスカだということ。