《☆~ シャルバートの話(四) ~》
遠い少年の頃に戦地で出会い、心を躍らせることになった少女との淡く切ない思い出を、シャルバートが周囲の者たちに話して聞かせる。
「医療官と護衛官たちからなる救援部隊は、儂に少しばかりの水と食料を与え、戦場の先へと進んだ。儂は、自らの足で帰還しなければならなかった。途中で、休憩を挟みながらな」
「馬車に乗せては、貰えませんでしたの?」
「伯爵家の息子であっても、当時の儂は、三等の護衛官だったからな。馬車に乗れるのは一等官か、せいぜい二等までだ」
ローラシア皇国は、戦争に勝利したけれど、色々と損害が大きく、特に、お馬の数は激減していたのだという。
「大変どころのご苦労では、ありませんでしたわね」
「そうであるが、儂なぞは、よい方だよ。平民ども、四等や五等の雑兵らは、たとい大怪我をしていようとも、治癒魔法は施して貰えず、水の一滴すら、与えられなかった。儂が、こうして今も生きておるのは、貴族の子だったからだ」
「……」
返す言葉も見つからないキャロリーヌ。
シャルバートは、それでも気にせずに話を続ける。
「儂は、スプーンフィードの邸へ帰り、しばらく休息することにした。しかし、どうしても、あの少女のことが忘れられず、五日が過ぎて、会いに行った」
「お会いできましたの?」
「もちろんだ。そればかりか、交際を申し込み、結婚の約束もしたのだ」
「まあ、それはよかったですわね!」
自分のことのように喜ぶキャロリーヌに、オイルレーズンが言う。
「いいや違う」
「えっ、また違いますの!?」
これに対し、シャルバートが苦言を呈する。
「オイル婆さん、いちいち割り込むでない! 儂が話しておるのだからな」
「おお、これは済まぬこと。口が勝手に動きおったわい。ふぁっははは!」
「やれやれ、口の減らないババアだな」
呆れるシャルバートに、ジェラートが問い掛ける。
「父上から恋愛話を聞かせて頂けるとは、思いも寄りませんでした。それで、少女との恋は、どのように進展するのでしょうか?」
「ジェラートよ、あわてるな。今から続きを話す」
「分かりました」
「それと、オイル婆さんは邪魔をするなよ。すれば、部屋から追い出すぞ」
「へいへい、承知じゃわい。ふぁっはは」
「ふん」
シャルバートは渋面を見せ、続きを話す。
「実は当時、スプーンフィード家では、既に儂の婚約を決めておったのだ。そのため、ネクタレーズンとの結婚は、反対されてしまった」
「では、その決まっていた相手というのが、僕の母なのでしょうか?」
「そうではない。親が選んだのは、メラング子爵家のマーガリーナ嬢だ」
「あら、そのお方はもしや、あたくしのお母さま!?」
「その通り。少し後になって、メルフィル公爵家に嫁入りし、キャロリーヌ嬢の母となる女性だよ」
ここでジェラートが率直に問う。
「そうしますと、マーガリーナさんとの婚約は、反故となりましたか」
「儂がメラング家へ出向いて、断ったのだからな」
「なんと、まさか父上が、そのようなことをなさっておられたとは」
「この儂でも、若い頃には、そういう未熟な部分があったのだ。それで当然のこと親たちは、たいそう立腹し、ネクタレーズンの家に押し掛けた上で、儂との交際は認めないのだと申し渡した。彼女には、悪いことをしたものだ」
「まあ、お気の毒ですこと」
少しばかり沈黙が訪れたので、オイルレーズンが話す。
「その頃のネクタは、とても悲しんでおったわい。キャロルも、ジェラート殿との縁談が壊された時には、同じように辛かったことであろう?」
「はい、とても」
スプーンフィード家は、二代に渡り三度も、婚約を解消したのである。
「済まぬことだ」
「申し訳ありませんでした」
父と息子が反省の色を見せ、頭を下げるしかなかった。