《☆~ シャルバートの話(二) ~》
六つ刻半が数分刻ばかり過ぎた。特別安静部屋で、シャルバートが目醒める。
知らせを受けたジェラートとオマールが、ここにやってきた。
シャルバートを乗せている寝台には、取っ手が備わっていて、それをジェラートが、片方の手でクルクルと回す。
すると、寝台の頭側の半分くらいが少しずつ動いて、上の方に傾く。それによって同時に、横たわっているシャルバートの上半身も起きてくる。
この機械仕掛けを考案したのは、やはり一級の医療道具学者と呼ぶにふさわしいオマールなのである。
少しして、キャロリーヌとオイルレーズンが入ってくる。準備しておいた、温かい煮込み料理のお鍋を、台車に載せて運んできている。
起き上がった寝台の背中側が部屋の入口になっているため、シャルバートには、キャロリーヌたちの姿が見えていない。
「おい、ずいぶんとよい匂いだな。儂の大好物、鳥肉の煮込みに違いない」
「はい、仰る通りです。父上には、早く体力を回復して貰いたく、竜髄塩を使った真雁の料理を用意してあります」
「まさか、あの稀少な調味料が、手に入ったのか!?」
このように驚かせることになると思ったから、ジェラートは、あえて白竜髄塩だとは言わなかった。シャルバートの容態を考えれば、幻の合成調味料と呼ばれる、その名を聞かせてしまうと、必ず心の臓に大きな障りがあるのだから。
「二等栄養官が、譲って下さいました」
「あのババアが??」
「そうじゃとも」
「ぬっ……」
背中の方からオイルレーズンの声が聞こえたので、シャルバートは、言葉を詰まらせることになった。
「なにも痛めつけにきたのじゃないわい。病人に鞭を打つような真似なんぞ、この死に損ない魔女のババア、したくはないからのう。ふぁっははは、ふぁっはっは、あがっ、顎が、顎が痛くなった!」
「ははは、そちらも病人ではないか」
「言われてしもうたわい。それはどうでもよいが、まあ兎も角、一緒に煮込みを食うとしようではないかのう。あたしの顎の調子もよくなる、逸品じゃよ。キャロルが調理してくれた」
「そうか……」
キャロリーヌは、台車の上に二つの深皿を並べて、煮込みをよそっている。
ジェラートが、一つ目の皿と匙を手に取り、シャルバートにスープを飲ませようとする。
「さあ、召し上がって下さい」
「ぬ……」
「父上?」
シャルバートは少しばかり迷った。
対立している者、そして昨日は第四玉の間で「三等なぞ捨て置けばよい」と言って蔑んだ少女に、借りを作ってしまう形になるのが、少なからず不愉快だから。
しかしながら今に限っては、大好物に対する食欲の方が勝ることになる。丸一日と三つ刻、なにも口にしていないのだから、それは無理もない。
「食わせろ」
「はい、どうぞ」
スープをすくった匙が、シャルバートの口へ運ばれる。
「ぬおっ、やはり美味だな」
シャルバートが素直に言った。
この様子を近くで見ているオマールに、ジェラートが尋ねる。
「肉も細かく刻まれて、軟らかく煮込まれているし、大丈夫だろう?」
「ええ、いいわ」
「さあ父上、一等医療官の許可も得られましたから、お好きな鳥肉もどうぞ」
「うん」
シャルバートは、小さな肉片を口の中に入れて貰い、ゆっくりと咀嚼する。
少しばかり黙り込み、それから掠れた声を出す。
「オイル婆さん、キャロリーヌ嬢、ありがとう……」
「ふむ」
「どうかお元気に、なって下さいまし」
「うっ……」
スープほどに熱い涙が、シャルバートの目から溢れ、頬に流れ落ちた。




