《★~ キャリアとノンキャリア ~》
地面のヌカルみが酷いため、皇国一の駿馬でも走り辛い。
そんな悪い状態の大雪原を、ジェラート‐スプーンフィードは、実にうまく白馬ファルキリーを駆ってきた。
ようやく宮廷に辿り着くことができる。一つ刻すれば、夜も明けるだろう。
正面の門前、その両脇に一人ずつ、まだ二十歳になっていないと思われる青年が立ち番をしている。白地の肩章に薄茶の横線が一本引いてあるだけで、遠目には白一色に見えるもの。彼らは非高級官、平民の五等護衛官である。
この場でジェラートは白いお馬から降りた。朱色地の肩章には、ローラシア皇国の紋章が黄金色に輝いている。これは一等管理官の証であり、十五種類ある高級官肩章の中では、最も色鮮やかで目を引くもの。
若者二人が恭しく敬礼をしてみせる。言葉は発しない。
それでジェラートの方から声を掛ける。
「やあ、寒い中に苦労だな」
「はっ!」
「はは!」
労いの言葉を掛けられても、このように平民は短く発するのみである。
なにか質問を受け、その返答を要求された場合を除き、皇族や貴族と会話することは決して許されないのだから。
「僕は直ちに宮廷内へと入らなければならない。諸君には済まないが、この馬をしばらく見守ってくれまいか。すぐに誰か、しかるべき者を寄越すから」
「はっ!」
「承知!」
ジェラートはファルキリーの手綱を片方の護衛官に預け、門を潜り抜けていった。
いつもなら、スプーンフィード家の馬小屋へ連れてゆき、新鮮な水と特別に調達している高級な飼葉を自らの手で与え、休ませてやるのだけれど、今日に限り、そうする時間すら惜しいのである。とても悪い胸騒ぎがしているのだから。
この少し後に、宮廷の敷地内から一人の少女が出てきて、門番に言葉を掛ける。
「あのもし」
「はい!」
「はっ!」
門の内側から現れたということは、三等以上の宮廷官か、それと同等の身分を意味しており、相手が十五歳くらいの少女でも、五等護衛官より立場が上であるはず。
「一等管理官さまのお言いつけで、そのお馬を引き受けにきました」
「承知!」
「ははっ!」
ファルキリーの手綱を握っている方の護衛官が腰を低くして、少女に手綱を両手で掲げ、恭しく差し出すのだった。
もう一方の護衛官は腰を折って、深々とお辞儀している。
「ご苦労」
「は!」
「はは!」
手綱を受け取った少女は、ファルキリーを連れて歩み始める。
彼女が向かうのは、高級宮廷官の多くが住む一等地の方向である。
「あ、あ!」
手綱を渡した護衛官が短く発した。
それで少女は立ち止まってふり返り、彼に尋ねる。
「なにか?」
「あ、いいえ。失礼をば致しました!」
「おほほ。もしや、あたくしが怪しい者ではと、お疑いかしら?」
「いっ、いいえ、決してそのような! ど、どうか、ご容赦を!」
「そう恐縮なさらないで。名乗らなかったのは、あたくしの落ち度です」
「は、そんな、滅相もありませぬ!」
「あたくしは、ジェラートさまの婚約者、メルフィル公爵家のキャロリーヌですわ。これでよろしくて?」
「は、承知!」
「ははあ!」
平民にとって公爵家というのは、泣く子も黙らせないでいてはお家の取り潰しもあり得るほどの身分、雲の上、そのまた上に位置する高貴な存在。そのため、五等護衛官たちは、再び深々と頭を下げた。
少女は非高級官たちの姿を一瞥し、白馬を連れて優雅に歩み去るのだった。




