《☆~ 皇国の国馬(五) ~》
オイルレーズンが、シャルバートの顔色を少し窺ってから、すぐチャプスーイの方へ向き直り、言葉を投げ掛ける。
「ファルキリーなぞという馬は、今となっては既に宮廷内、どこにもおらぬ訳じゃが、かの国の要求には、いかように対応しますかのう?」
「多数決を採った結果によって、パンゲア帝国への進呈が決まるのであれば、馬の名をもう一度、ファルキリーへと戻すことにでも、なりましょうか」
「ふむ」
チャプスーイは、次に出る質問を待った。
オイルレーズンは黙り、他に言葉を挟む者もおらず、この一等政策官の口から、周囲に告げられる。
「案件、水準の二‐バゲット三世骨折事故の対処について、これより決します。パンゲア帝国の要求を受け入れることに賛成される方は、挙手して下さい」
緊迫感の漂う中、誰一人として、微動だにしない。
それもそのはずで、なぜなら、国馬を他の国へ進呈することは、昔から、相手国の軍門に降る意味を持つとされているのだから。
これは、単なる屈辱では終わらない。そうしてしまうと、今まで同盟国という形の上で互いに対等だった軍事の均衡が崩れ、以後、ローラシア皇国の護衛官軍は、軍事面でパンゲア帝国軍の配下に入らなければならず、いわゆる「隷属状態」に陥ってしまう。そんな悪い事態だけは、どうにかして避けたいところ。
多数決が、チャプスーイの進行で続けられる。
「パンゲア帝国の要求を受け入れることに反対される方、挙手を願います」
今度は、シャルバートを除く、各官職の代表たち六人が手を挙げる。
「賛成なし、反対六、浮動一です。この結果に従いまして、本件の対応方針は、皇帝陛下の、ご意向を仰ぐことと相成りました」
第四玉の間で行われる多数決には、浮動が一つでも出た場合、賛成と反対の数に拘わらず、皇帝陛下にお決め頂くという、特別な規則が用意されている。
シャルバートと各職代表の六人、そしてキャロリーヌ、合わせて八人が息を飲み、陛下のご尊顔を拝しながら、貴いお言葉を待つ。
「パンゲア帝国の要求、これ、受け入れるべし」
言うまでもなく、陛下のご判断には絶対服従なので、この場で誰も異議を唱えることなどできない。
シャルバートが笑みを浮かべ、オイルレーズンは表情を曇らせた。
「白馬を選びファルキリーと命名、これ、パンゲア帝国に進呈すべし」
対照的な様子を見せていた二人、シャルバートとオイルレーズンが、互いの表情を入れ替えることになるのだった。
皇帝陛下は、それ以上のお言葉を発し遊ばされることがなく、ジェラートが拍手を始めたので、他の者たちも続く。
しばらく経って、手を打ち鳴らす音もやみ、チャプスーイが宣告する。
「案件、水準の二‐バゲット三世骨折事故の対処について、決しました。白馬を選びファルキリーと命名した上で、パンゲア帝国に進呈致します」
国馬でない、ただの白馬を差し出すだけなら、パンゲア帝国の軍門に降ることにはならない。
この賢明で鮮やかな解決策には、キャロリーヌたち八人の中に、当然のこと、感服しない者は一人もいない。
「これにて、本日の臨時会合を閉会と致します。皆さま、大儀でした」
再び、大きく拍手が起こり、第四玉の間に、祝着の雰囲気を漂わせる。
しかしながら、突如、シャルバートが呻き声を一つ放ち、床に伏してしまう。
背を丸めるような姿勢となって、胸の中央辺りを手で抑え、とても苦しそうに悶えるのだった。
「ああっ、父上!」
「スプーンフィード伯爵!」
ジェラートとチャプスーイが、急いで駆け寄る。
彼らに続いて、女性の一等医療官、オマール‐ラブスタが「患者を動かしたりしないで!」と叫びながら、シャルバートに近づく。
オイルレーズンも、やや離れた場所から伯爵の様子を窺い、必要なら治癒魔法を使おうと身構える。




