《☆~ 皇国の国馬(四) ~》
第四玉の間に、オイルレーズンがキャロリーヌを連れて戻った。
入り口の近くに立つシャルバートが、真っ先に話し掛ける。
「ふん、ずいぶんと待たせるものだな」
「死に損ない魔女のババアが、折れそうな足で歩くのじゃからのう」
「だから一等政策官に向かわせればよかったのだ。まあしかし、そのお陰でこちらは、十分に休憩できたのだがな」
「それはなによりじゃわい。ふぁっはは」
ここで、会合長の立場にあるチャプスーイが、周囲を見渡し、「そろそろ続きにしようと思いますが」という前置きをしてから、キャロリーヌに問う。
「三等栄養官は、どうして召喚されたのか、知っているかね?」
「はい。こちらへ参る道すがら、二等栄養官さまからお聞きしております」
パンゲア帝国王がファルキリーを欲しがっていて、差し出すようにという要求があることは既に伝わっている。それだけでなく、オイルレーズンの考えついた妙案も、キャロリーヌに吹き込まれている。
チャプスーイは、首を縦に小さく振った上で、周囲へ厳かに告げる。
「案件、水準の二‐バゲット三世骨折事故に対する臨時会合を、続けることと致します。ローラシア皇国は、パンゲア帝国からの求めに応じ、メルフィル家が所持するところの白馬、ファルキリーを、かの国へ進呈すべきか、否か。私たちは、これに関し、議論を尽くしました。今は、多数決を残すのみでありますが、この場で、ご慈悲深い皇帝陛下から賜わりました、ご思慮に従わせて頂き、キャロリーヌ‐メルフィルに、自身の思うところを率直に述べて貰います。三等栄養官、さあ自由に、そして真実を話しなさい」
「はい。メルフィル家が所持しております、ファルキリーを、本日この刻限、ローラシア皇国に、献上させて頂きたく思います」
これを聞いて、シャルバートの表情が一段と険しくなった。逆に、ジェラートとチャプスーイは、微かな笑みを浮かべている。
他の一等官たちは複雑な表情をしており、七人目、オイルレーズンの顔は、少しの変化もなく、神妙な気色を見せている。
キャロリーヌが続きを話そうとしないので、チャプスーイが問う。
「思うところは、それだけか?」
「はい」
「どうして、馬を献上する気になった?」
ここでキャロリーヌは黙った。
チャプスーイが言葉を促す。
「どうした? 馬を献上する理由を、早く話しなさい」
「それを説明しますと、とても長くなりますものですから……」
「では、簡潔に説明しなさい」
「分かりました」
キャロリーヌは、一つ、深い呼吸をして、心を落ち着かせる。
「あの白く美しいお馬は、あたくしの弟、トースターが幸運にも、先の皇帝陛下から賜わることができました。ファルキリーという名は、トースターの命名です。彼は、既に亡くなっております。そして本日このように、各職の長官さまたちがお集まりになって、あたくしには難しいような議論をなさっておられることですし、この機会に、皇国へお返しするのがよいと考えております。そうしましたなら、この先は、あたくしに対し一切の配慮なく、ファルキリーを、どのようにも処遇なさることができましょうから」
丁寧な言葉を選びながら、しっかり説明できた。
キャロリーヌは、再び黙る。
「貴族が皇国に献上を申し出た際に、正当なる理由なくして、それを拒絶できないことは、皆さま、よくご存知のことです。今、メルフィル家からの献上について、異議をお持ちの方は、おられますかな」
チャプスーイの問い掛けに、声を上げようとする者はいない。
「では、本日この刻限より、白馬ファルキリーは、ローラシア皇国の国馬と相成りました」
オイルレーズンが真っ先に拍手を始めたので、皇帝陛下を除く他の者たちも、彼女に続いた。
ここにジェラートが口を挟み込む。
「献上された馬の名はどうしましょうか。所持がローラシア皇国ですし、そして、あの白く美しい毛並みを讃え、シルキーローラという名は、いかがでしょう?」
「それはお前が先日、パンゲア王に偽って伝えた名ではないか!」
「はい。これこそまさに、偽りから出た真実と、なりますね。ははは」
「ぬ……」
シャルバートは、口に出せる言葉を失い、表情には、「してやられた」というような、苦い気色を浮かべざるを得なかった。
その一方で、ジェラートの顔は、微笑を浮かべているのみではあるけれど、胸の内では、「してやったり!」と大笑いしているのだった。




