《☆~ 皇国の国馬(三) ~》
人族同士の婚姻には、嫁入り婚、婿入り婚が一般的だけれど、別の形式として、通い婚、新家婚、分家婚と呼ばれる方法もある。
通い婚をした二人は、それぞれ自宅で別々に生活し、休日の前夜などに、一方が他方の家へ通い、翌日の夜までともに過ごす。結婚後も二人ともが以前のように外で仕事を続ける場合、このような婚姻方法を選ぶ。氏も別々のまま暮らすことが多い。
人族と魔女族の婚姻でも、似たような形式になる。
正体を隠すために人族のような氏名を騙る悪い魔女族もいるけれど、たいていの魔女は、氏を持つことを好まない。このため、どのような婚姻をするにしても、ほとんどの者が、魔女名のまま、その後を生きる。
キュラソー家の長女で、二等調理官の地位にあるマテュアティーは、ボルシチ家の次男だったスクワシュと新家婚をした。この形式の婚姻は、氏を決めて、新しいお家を興すこと。
スクワシュは、サワー家の当主となり、准男爵の称号を得ている。彼もマテュアティーと同様、二等調理官の立場にあり、いわゆる「職場結婚」なのだった。二人とも、今も宮廷での仕事を続けている。
スクワシュは、弟のビートと同じく錬金術者で、茶を作ることが、一番の得意である。
ローラシア皇国の領土内、西部のカミーリア地方には、常緑低木「椿」が多く自生している。その葉を、茶葉として使うために採集する。
乾燥させた椿の葉で作った茶は、鮮やかな緑色となり、見た目通りに「緑茶」と呼ばれる。
乾燥の途中で発酵させた葉で作る茶の場合、濃い紅色や黒っぽい色になって、色彩の美には欠けるけれど、その代わり香りと味わいが格段に増すので、発酵熟成茶として人気がある。それらは、「紅茶」あるいは「黒竜茶」などと呼ばれ、庶民たちの間でも需要が高い。
今から二百年くらいの昔、ブルー伯爵という人族がいて、彼は、紅茶の色が、美しい碧色にならないものかと考え、多くの者に相談し、挑戦を重ねた。発酵茶は、発酵し過ぎると、香りを損なってしまうという難点があるため、どれも失敗に終わった。
そこで、樹林系統の魔女族、ファーメントティーが、乾燥した紅茶葉に魔法を掛けて、発酵を進めてみたところ、ブルー伯爵が望んでいた通り、香りを損なうこともなく、鮮やかな碧色に輝く茶を作ることができた。これが「碧色茶」の起源である。特に、樹林系統の魔女族が施す魔法で製造する、良質な碧色茶葉のことを、ブルー伯爵に因んで、「カウント‐ブルー」と呼んでいる。
これは、ローラシア皇国の宮廷御用達茶葉に選ばれており、現在、ファーメントティーの子孫、マテュアティーが製造責任者の立場にある。
マテュアティーが製造するカウント‐ブルーを使って、スクワシュが錬金術で作る碧色茶は、グレート‐ローラシア大陸一の「特級茶」として、皇族と貴族の間で高い評価を得ている。
しかしながら、平民たちには手が届かず、このため、カウント‐ブルーを模した、安価な二級や三級の碧色茶が、広く世間に出回っている。
オイルレーズンが第四玉の間を出てから、十分刻ほどが経った。
間もなく、七つ刻を迎える。昔から、この刻限には、茶や菓子などを用意して小休憩を挟む習慣がある。
この第四玉の間に、調理官が「お七」として、カウント‐ブルーと卵菓子を運んできた。
当然のこと、皇帝陛下のために用意された謹製品だけれど、この場にいる一等官と相談役も、ご相伴に与かることができる。
特級茶を飲みながら、シャルバートが、横にいるジェラートの耳元で囁く。
「悪いことは言わん。ファルキリーを差し出せばよいではないか」
「いいえ。僕は、その考えに賛成できません」
「皇国の興廃が懸かっておるのだぞ」
「だから、なおさらパンゲア帝国の言い成りになるという失策だけは、避けなければならないと思います」
「あのような牝馬に執着し、国を危うくすることがあってはならぬのだと、なぜ得心できぬのか。あれは、まさしく傾国の白馬だ」
「いいえ。皇国の国馬です」
「ふん、この石頭め」
ジェラートは、喉元で、「そちらこそ石頭ではないか」という思いが溢れそうになったけれど、耐えて黙ることにする。
この頑固親爺と議論を続けても、平行線のまま変化しないと分かっているから、そうすることが最善に違いない。




