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第六話 手毬歌

 てんてんて〜ん、お爺のおヒゲは、もっさもさ〜(もっさもさ〜)


 ……朝っぱらから、優曇華はご機嫌じゃのう。


 てんてんて〜ん、天狗爺のおハナは、にょっきにょき〜(にょっきにょき〜)


 ……足らずの舌で、調子の外れた唄をうたっておる。


 てんてんて〜ん、お婆のシッポは、ふっさふさ〜(ふっさふさ〜)


 手毬もずいぶんと達者になった。算術の習いも筆の習いもおっぽらかして、朝から晩まで夢中で弾ませておったからのう。


 なぁ、優曇華や……手毬をつくのはお日さんが昇りきってからでも良かろう? まだ一番鶏も鳴いとらんぞ?


 お爺はゆんべ天狗とちょこっと深酒してしもうたんじゃ。さっきからその“てんてんぽんぽん”が頭に、ぐわんぐわんと響いておってのう。


 しかも、わしに合の手を強要するのも、どうかと思うが?


 わし、自分で言うはなんじゃが、都人(みやこびと)には『鷲尾(わしお)の賢仙人』なんぞと呼ばれておるんじゃよ?


 こんな場面を誰かに見られでもしたら、少しの尊敬もしてもらえんじゃろう?



 優曇華はわしのボヤキなんぞ、聞いてはくれん。鼻息も荒く、頰を紅潮させて……、真剣な顔つきで手毬をつく。まるでなんぞの、神聖な儀式のようじゃ。


 優曇華は先だって、古狐の大婆にねだって手毬をもうひとつ作ってもらい「お加代と、お揃いじゃ! 仲良しのしるしじゃ!」と頬を染めて笑っておった。


 そうして大事そうに手毬ふたつを抱えて里へ下りて行き、帰りはお加代坊の兄者に風車(かざぐるま)を貰って帰って来た。


「お爺、お爺! これはな、ふーふーするじゃろう? ほれ、くるくるするんじゃ! 持って走るじゃろう? ほれ、くるくるするんじゃ!」


 夜っぴいて、くるくるし通しじゃったわ。朝はてんてん、夜はくるくる。いくら仙人でも身体が持たんわ! 思わず秘蔵の仙人丹“梅香”に手を出してしもうたわい。(みやこ)で売れば、黄小判一枚になるというに。はぁー、散々な目におうたわ。



 優曇華が人に心を奪われるは様子は、わしら爺婆の古傷を疼かせる。人の生はわしらとは違う。またたく間に成長し、目まぐるしく年を取り……あっという間に居なくなる。


 それが身に沁みてわかるまでは、わしも天狗も古狐の大婆もずいぶんと傷を重ねた。


 優曇華は近いうちに傷つくじゃろう。それでもわしはお加代坊に会いに行くのを止めはせん。

 この世に生きる限り、人とのつき合い方はいずれ学ばねばならん。それは決して傷無しで学べるものではない。


 わしも物の怪どもも、みんな傷を抱えて暮らしておる。焼けつくように痛む夜も、疼いて眠れん夜もある。それでも……瘡蓋(かさぶた)を時折り剥がし、その傷を忘れんように生きておる。忘れたくないと思うておる。

 やがて目の前から消えてしまっても、一時の温さを……抱える甘さに焦がれてしまう。


 難儀なことだが、それがなくては生きて行けんのは、人も物の怪も……精霊とて同じではないかのう。




   ▽△


「優曇華や。最近お加代坊のところへ、遊びに行っておらんようじゃが、喧嘩でもしたか?」


「いんや、お爺。お加代は嫁に行った。嫁ぎ先におる婆さまが、わっしが行くと良い顔をせんのじゃ。お加代がわっしのせいでいじめられたら敵わん」


「……そうか。お加代坊はもう嫁に行くような歳か」


「お加代は……わっしがずっと同じ姿でも『お華はいつまでもちっこいままじゃねぇ!』と笑うてくれる。気味が悪いと言われたことなんぞ一度もないんじゃ」


「……そうか。お加代坊は良い子じゃのう」


   ▽△


「お爺! お爺! お加代に赤子が生まれた! わっしも抱かせてもろうた! ふにゃふにゃじゃった!」


「そうかそれは目出度(めでた)いのう。どれ、お爺も見せてもらいに行こう。祝いの品は何が良いか?」


「狐のお婆に、わっしの赤い祭り着で、お(くる)みを作ってもらうのはどうじゃ? わっしもお婆を手伝うぞ!」


「ふむふむ、それは良い案じゃ。きっと元気な子に育つじゃろうて!」


   ▽△


「お爺……最近お加代が元気がないんじゃ。病の気配がする。なんぞ滋養(じよう)のあるもん、教えて欲しいんじゃ……」


「……そうか。二俣人参の酒と、猫目蜥蜴の黒焼きが良かろうて。ほれ、持っておいき。あとは、そうさのう……入ず山の谷底に生える“観音草”かのう」


「わかった! わっし、取りに行く! もうひとりで雲にも乗れるし、隠れ術も使える。わっし、行ってくる!」


「……そうか。気をつけて行くんじゃぞ」


   ▽△


「お爺……。お加代から黄泉の臭いがする……。どうしたら良いんじゃろう。なぁお爺、お爺は偉い仙人じゃろう? わっしは優曇華なんじゃろう? どうして何も出来んのじゃ?」


「命はいつか尽きるものじゃ。それは誰にも、どうにも出来ん。そこには、手を出してはいかんのじゃ」


「わっしは優曇華で……人の哀しみを引き受けるんじゃろう? 何か力があるんじゃろう? お加代の病を引き受けることは出来んのか?」


「さあてのう……。お加代坊はそれを望んでおるのか?」


「お加代は……もう良い言うんじゃ。楽しい人生じゃった言うんじゃ。たった数十年しか生きとらんのに!」


「そうか。そりゃあ見上げたもんじゃ。わしもそんな風に言って消えたいもんじゃのう」


「お爺! そんなこと言ったら嫌じゃ! 置いてきぼりは嫌じゃ!!!!」


「安心せぇ。わしはまだまだ滅しはせんわ」


「うわ〜ん! 置いてきぼりは嫌じゃあ〜!!」


「泣いとらんでお加代坊に会いに行って来んかい。ちゃんとお別れせんといかんじゃろう?」


「うわぁ〜ん、嫌じゃあ! お別れなんて嫌じゃあ〜」


 おうおう……駄々っ子のように鼻水を垂らして泣いておるわ。間に合わんだら後悔してもしきれんぞ。ほれほれ、ちーんして。



 ささ、行っておいで……!



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