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第五話 術修行

 そろそろ優曇華に、術を編む修行をさせねばならん。読み書きや算術の習いがあまり捗ってはおらんが、そっちはおいおいでも良かろう。


 優曇華はお加代坊という友だちが出来たもんで、里にちょいちょい行きたがる。わしはそうそうはつき合ってはいられん。仙人は山に居てこそじゃ。

 優曇華を一人で出歩かせるならば、霊力操作は必ず教え込まねばならん。


『転んで手毬を落としたら、里が吹っ飛んでしもうた』では、笑い話にもならん。


 それに優曇華の姿は普段は明らかに人間とは違う。全体的にうっすらと透けておるし、ゆらゆらと漏れる霊力が漂っておる。

 所々に蔓草(つるくさ)や小さい葉の模様もあるから、人間のふりをするにはちいとばかし無理がある。里の祭りに行った時はわしが術をかけてやったが、自分で出来るようにならんとな。


 だがそもそも、仙術と精霊術では、霊力の使い方が違うておる。精霊は霊力そのものじゃからのう。わしに教えられるんかいな?

 優曇華は何か習いごとをするときは、わしを『老師さま』と呼ぶ。『お爺』と呼ばれるのも良いが『老師さま』も、なかなか捨てがたい良さがある。


 うむ。気合い入れて気張るかいの!


 とりあえず優曇華を連れて雲を呼ぶ。お空の上の方なら、多少やらかしたとて大した問題にはならんじゃろう。


「さて優曇華や。まずは霊力の練り方を覚えねばならん。お前さん、霊力は身体のどの辺りから湧いておる?」


 霊力を練るには意識をその場所に集中させる必要がある。まずはそこからじゃ。


「あい、老師さま! 霊力とやらはこのぽわぽわっとしとるやつか?」


 ああ、そうじゃなぁ。優曇華は全身からぽわぽわしとるな。


「そう。そのぽわぽわはどこから湧いておる?」


「ここと、このへん……、それからここ。このあたりからも湧いとるな!」


 そんなにか? うーむ。さすが伝説の花精霊じゃな。


 優曇華が指差したのは、臍、眉間、胸の中心、そして両の掌。なるほどのう。


 物の怪の多くは、身体の中心部から霊力が湧く。人間は眉間や心の臓あたりから。手のひらというのはあまり聞いたことがないが、術を練り上げるのには勝手が良いかも知れん。


「そのぽわぽわを、一所に集めることは出来るかのう?」


「こうか?」


 優曇華が掌を開き、その手をわしの方へと無造作に差し出した。


「その集めた霊力を、こよりを()るように練って、それを……」


 優曇華の手のひらへとひゅーと音がするほどに、見る見るうちに霊力が集まり光を放ち出す。

 霊力は行き場を失くしているらしく、徐々に膨らみバチバチと不吉な音を立てはじめた。


「おい、うど……」


 いかん! 喋っていては間に合わん!


 咄嗟に天女郎蜘蛛の手毬を、明後日の方向に投げる。バリバリバリと、天を引き裂くような音がして、優曇華の手から雷光のような霊力が手毬を追って行った。


「お爺! お爺! これ、どうしたらいいんじゃ?! うわぁ、ビリビリする! くすぐったい!」


 何とかほとんどは手毬が引き受けてくれたらしいが、それでも優曇華の手は赤子の頭ほどの大きさで光っている。


 最も短い結界の呪文を大急ぎで唱える。小さい範囲を包むように守る結界じゃ。優曇華の手を包み結界の厚みを増す呪文を、どんどん重ねがけする。


「優曇華、そうっと手を引き抜け」


 あわあわと目を回しそうになっておった優曇華が、わしの言葉に正気を取り戻す。こくりと頷いてそろそろと手を引き抜く。


 呼吸を合わせ、手が抜ける瞬間に結界を閉じる。


「おうおう、霊力がバチバチと結界の中で暴れておるわ。しかしまあ……なんとか無事で済んだようじゃのう」


 この山をひとつふたつは吹き飛ばしそうな霊力の塊……どうしたら良いんかのう? 放っておけば鎮まるんかいな?


「お爺……。修行とは、こんなにも危険なものなんじゃな。気を引き締めてかからんといかんな!」


 わしとてこんな危険な修行はつけたことがないぞ!


 そもそも、植物の精霊である優曇華の霊力が、なんでこんなにも苛烈である必要があるんじゃ? わしの知っている植物の精霊は『癒しの力』や『実りをもたらす力』を使っておった。


 まあ、力なんぞは使いようじゃからのう。術の編み方次第で、どうにでもなるはずなんじゃが。それにしても……。


 優曇華は、育てる側の毒となる。


 無知で無垢……。そのくせ、可能性は無限なのだ。優曇華を使()()何が出来るかを考えると空恐ろしくなる。


 優曇華が仙人(わし)の元に芽吹いたのは、偶然ではないのかも知れん。


(わしが欲に目が眩み、自制を失くしたらどうしたらええんかいな?)


 まあ、天狗か大婆が止めてくれるじゃろう。それこそ、力づくでな。



 優曇華が自分の力の危険性を味わい、わしにも危機感が芽生えた。おかげで修行は以前とは比べものにならんくらい順調に捗り、優曇華の術修行は次の段階へと進んだ。


 霊力をこよりのように()ること覚えたら、次にたて糸とよこ糸を決める。要は、力の方向性と目的を決める、ということじゃ。


 その後はひたすら我慢比べのような修練となる。


 術は織物や編み物と似ている。複雑な模様を編むには技術と知識が必要。大きなものを織り上げるには、時間と辛抱が必要。色の多彩な美しい布を織るなら、多くの色の糸が必要となる。


 霊力は今の優曇華のように、爆発させて終わりというような芸のないものではない。術の修練に終わりなどないからの。


 わしはそんな仙術に魅せられて、人間を捨ててしもうたが……。


 優曇華には、優れた術師になって欲しいなどとは、少しも思わん。


 ただの幼子のように一日を楽しく過ごして、笑いながら眠りについて欲しい。たんと食べて、元気に育って欲しい。


 普通の娘のように、嫁に行って幸せになって欲しい。


 野に咲く花のように心配ごととは無縁に、ただ穏やかに暮らして欲しい。



 そう願ってしまうのは老いぼれの、勝手な我儘なのかのう……。




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