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第二話 狐の市

 老仙人と優曇華は、連れだって狐の市を訪れた。


 狐の市はこの辺り一帯を根城とした、天狗やら古狐やらの魑魅魍魎(ちみもうりょう)どもが立てる夏から秋までの露天市だ。日常の品から、触れたら呪われそうな物騒な物までたくさんの品物が並んでおり、甘味や着物などの人間の品も意外に揃っている。

 妖怪たちは案外、人間の真似が好きなのだ。


 老仙人にとっては久しぶり、優曇華に至っては初めての買い物となる。優曇華は老仙人の袖にぷらぷらとぶら下がり、興味津々といった素振りであちこちを見廻している。


「これこれ優曇華や、あまり物欲しそうにするでないぞ。足元を見られるでな」


「わっしの足か? 裸足ではいかんのか?」

 

 優曇華が自分の足をぺちぺちと叩きながら言う。


「そうではなくて……まあ良いわ」


 久しぶりの市だが、あまり余所見をせずに人間の物を並べている露店だけを覗いて歩く。

 

(今日は無駄遣いは出来んな。古着に古本、酒や饅頭……。ううむ、我慢じゃ)


「おお、あったあった! 祭り着を並べている店があったぞい!」


 里の祭りには、毎年多くの物の怪が紛れ込む。そのためこの季節には人間に化けるための道具や、祭り着を売る店が必ずある。

 賑やかで人の集まる場所が好きな物の怪は多い。普段暗がりでうずくまっている連中ほど、惹き寄せられるように祭りに出かけてゆく。

 粧し込んで里の若い衆を誑し込む化け猫や、童を拐う化け猿なんぞ、質の悪い連中もいる。


 老仙人が「どれどれ」と露店の前まで行ってみれば、昔馴染みの白天狗がやる気の感じられない店番をしていた。その割に老仙人の顔を見るなり、嬉しそうに声をかけて来る。


「よぉ、仙爺、久方ぶりじゃねぇか。なんでい、なんでい、祭りに出張るんか?」


「ああ、ちょいと野暮用でな。童の赤い祭り着を探しとる」


 天狗の鼻がぴくりと揺れた。


「童の祭り着? おいおい、一人暮らしの詫しい爺いが、赤い着物なんぞ、なんの悪さに使うつもりだ?」


 長い鼻をムニムニと摘みながら、ニヨニヨと口元を歪ませる。


 久しぶりに会ったが相変わらずの性悪だ。大方そのとんでもなく知恵の回る頭で、どうやって老仙人を揶揄(からか)おうかいなと企んでいるのだ。

 この腐れ縁の白天狗は老仙人の欲しがりそうな物をやけに知っていて、何処からともなく探して来る。そうして足元を見た商売を、楽しそうに持ち掛ける。


(今日も巻き上げられるんじゃろうなぁ)


 二人のやりとりに、背中にぶら下がっていた優曇華がひょこりと顔を出した。


「んあ? こりゃあ、たまげたな! なんだその小っせぇのは……? 精霊の娘っ子か?」


 天狗が驚くのも無理はない。山奥とはいえど精霊なんぞ滅多に見かけるものではない。生々しい気配や活気を嫌う精霊は、人とも物の怪とも相容ない。


「里の祭りに連れてゆく。赤い祭り着と……そうさのう、黄色か橙の帯を見繕うてくれんか? ああ、流行りの蝶々結びの出来る帯はあるかいな?」


 天狗の問い掛けには答えずに、用件を捲し立てた。


(さっさと済ませねば、何を言われるか……!)


 ところが老仙人の心中(しんちゅう)なんぞ知るはずもない優曇華が、背中から天狗に声をかける。


「白い翼のお前さま……その鼻はどうしたんじゃ? 蜂に刺されたんか?」


 天狗の顔をまじまじと見やり、目をまん丸く見開いて心配そうに聞く。確かに、赤く腫れている。


「娘っ子よ。この鼻にはな、世の叡智が詰まっておる」


 叡智とはずいぶんと大きく出たものだ。


「えいちってなんじゃ? 鼻が詰まっておるのか? 老師さまにちーんしてもろうたらどうじゃ?」


 天狗が、目を白黒させて鼻を押さえる。

 優曇華に振り回される天狗に、つい笑いがこみ上げてくるが、それは盛大に老仙人へ返って来る。


(わしも大概、振り回されておるからのう!)


「優曇華や……わしは天狗の鼻なんぞを、ちーんしてやるのは嫌じゃて」


「こっちだって、そんなの願い下げだ」


 曇りなき空の色の大きな目に見つめられ、くたびれた爺い二人がバツの悪い顔を見合わせたとさ。





▽ 幕間 業突く張り ▽



「優曇華? あの娘っ子は、優曇華の花の精霊だってぇのか?」


 天狗が甘茶を吹き出して、ゲホゲホと咳き込みながら言った。


 白天狗は店仕舞いもそこそこに一本杉まで着いて来た。最初は天狗の容貌に警戒しておった優曇華も、好奇心には勝てなかったようだ。鼻や背中の翼を弄り倒して、はしゃぎ疲れて霧散した。


「そうさのう、優曇華じゃ。初めて顔を合わせた日に自分でそう言うておったわ。難儀なことじゃ」


「仙爺よ。お主は優曇華が花開いたのを見たことがあるか?」


「あるわけなかろう。わしとて三千年も生きてはおらんわ」


 優曇華の咲いた花姿については、書物にすら載っていない。伝え語りがツボミの様子を僅かに教えてくれるのみ。過去に起きた悲劇やその場所も定かではない。


「へぇ……。長生きしたくなるな」


 天狗が好物を噛みしめるようにしみじみと言った。元々天狗とは知りたがりの性が強い(あやかし)だ。その上この白天狗は、三度の飯より珍品が好き。物珍しさで言ったら天下一品の優曇華に興味を持つのは無理からぬ話だ。


「長生きなんかろくなもんじゃねぇと思っていたが面白くなって来たじゃねぇか! だが、三千年はちいと長ぇな」


「いくらわしらでも保たんじゃろうなぁ」


 お互い否定はしていても、二人は似たもの同士だった。老仙人は書物の中に、天狗は珍品に……。長い間、見つからない何かを探しているのだ。


「三千年じゃあな……。この国だってあるかどうかあやしいもんだ」


 途方もない年月に、想像さえ追いつかない。優曇華はその長い時間の中で、なにを見て過ごすのか。それは「知りたがり」「欲しがり」の二人にとっては興味深いものだった。


「まあ、わしの住処の一本杉で生を()けた精霊じゃ。何か縁があるんじゃろう。動けるうちは面倒を見るわい」


「へぇ、書物の虫の仙爺がねぇ。ずいぶんな入れ込み様だ!」


 カカカと愉快そうに笑う。


「まずは祭りじゃ! 髪の毛も、結うてやらんとな」


 天狗の太い眉がぴくりと上げながら言った。


「仙爺が童の髪を結うなんざ、出来ねぇだろう? 古狐の大婆に頼んではどうだ? 俺が呼びに行ってやるぞ」


 今日は大婆の好みの品も持って来たし、あれと……あれも欲しがるかも知れんし……。


 ブツブツと手持ちの品を確認しながら、皮算用をはじめる。


(全く此奴の算盤(そろばん)弾いとる時の顔といったら! 閻魔(えんま)の尻の毛まで、抜くんじゃなかろうか? この業突く張りめ!)


 秘蔵の大岩(とんび)の風切り羽、星蛍の提灯(ちょうちん)、百年蝉の抜け殻、春告げ蜂の一番蜜の瓶詰……。

 祭り着と帯で老仙人の工房は、すっかり寂しくなってしまった。


「仙爺髪を結うなら(かんざし)が入用だろう? 確か……入らず谷のガマ油、まだ三つばかり残ってたよな?」


 なぜに天狗は老仙人の、秘蔵の油薬の数まで知っているのか。どうやら尻の毛を抜かれるのは、地獄の閻魔や古狐ではなく自分なのだと、老仙人が肩を落としてため息を付いた。



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