第二十二話 魂移しの手鏡
薄水色の霊気を裾引き、爆ぜる火の玉のように、優曇華が空を舞う。
狐の大婆が遺した真っ白い花嫁衣装を着て、天狗のくれた桔梗の簪を頭に、迷いもなく燃える星のカケラに向かってゆく。懐には、正吉の髪の守りを入れておるんじゃろうなぁ。
見とるか? 大婆……なんとも物騒な花嫁じゃろう?
見えるか? 白天狗……物騒じゃが……。わしらの優曇華は、三国一の花嫁御陵じゃよ。
正吉、優曇華を頼むぞ! お加代坊も、小雪もおるんじゃろう? 優曇華の力になってやってくれ。
優曇華が飛び回っている間に、叢雲の大鉢で厚い雨雲を集め、下界からの目隠しを作る。それから術で眠りを届ける。
人も動物も暖かい雨に包まれて、優しい夢を見てもらう。慌てて動かれたら人死にが出るからのう。いっそ眠ってもらった方が、安全だろう。
数え切れないほどの星を砕き、ようやく飛来する星が疎になる。わしは結界の綻びを繕いつつ強化する。少しでも厚く、少しでも遠くまで。
優曇華の勢いが少しずつ、少しずつ失われてゆき、わしの霊力もとうとう底を尽きた。
ひとつ大きなカケラを砕き、優曇華が一瞬宙で静止した。ぐらりと体勢を崩し、くるくると回りながら落ちて来る。
「優曇華!!!」
なんとか地面すれすれで浮かし抱き止める。
煤けて汚れた頰を拭い、ボロ切れのようになってしまった、花嫁衣装の襟を合わせる。
「優曇華や……よう頑張ったのう。あとのことはわしに任せて、しばらくそこで休んでおれ。優曇華には、これから花咲くという、大仕事が残っておるからのう」
懐から小さな手鏡を取り出す。天狗がわしに託した“魂移しの手鏡”だ。いよいよ、これを使うときが来たか……。
「お前さんの手毬を、ちょいと借りても良いかの?」
優曇華がぎゅうと抱えている手毬を、ひょいと浮かせる。
ううむ。老いぼれ爺の魂を移すには、ちょいと可愛らし過ぎるかのう?
だがこれが最上じゃ。
ふんっと念を込める。小難しい手順も長ったらしい呪文も省略じゃ! あんなもんは覚悟を決めるための儀式じゃ。
わしの覚悟なんぞは、優曇華を弟子にしたあの日から、とうの昔に決まっている。
肉の身体を脱ぎ捨て、吸い込まれるように鏡の道をゆく。
「道は一本道、目指すは天女郎蜘の手毬! 迷う理由も暇もありゃせん」
雷に射抜かれるような衝撃が走り、気がつけばわしの意識は手毬に収まっておった。
ふわりと浮かんでみる。ぽんぽんと弾んでみる。
「うむ……なんとかなりそうじゃのう」
都合の良いことにこの場には、優曇華が撒き散らした霊力が、其処此処に漂っている。
手毬には昔わしが掛けた霊力を引き寄せる呪いが掛かっておるからの。あとは手毬が壊れるまで暴れ回れば良い。
手毬になったことで、ひとつ良いことがあった。それはもう長いこと悩まされていた、肩こりと腰痛から解放されたことだ。うむ。手毬も悪くない。
そもそも、肩も腰も、どこがどこやら分からんがの!




