表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/24

第二十話 正念場


 ある日。突然、運命の歯車が回り始めた。


 天狗の残した『先見ノ玉』が、丑三つ時にぼんやり光り、枕元にぽかりと浮かんだ。


 幽玄の者でもやって来たんかいなと、老仙人が飛び起きてみれば、先に気づいたらしい優曇華が暗闇でじっと玉を見遣(みや)っていた。


 玉には地獄絵図のような光景が、繰り返し写し出されている。

 東の空が赤く染まっているのは、朝焼けではない。黒い竜巻がいくつも立ち昇り、天へと灰を巻き上げている。


 (ほのお)(まと)った星が降っている。


 いくつもいくつも、それこそ雨霰(あめあられ)のように降り注ぎ、逃げ惑う人や動物を押し潰す。山も森も里も燃え、生き物は逃げる先すら見つける暇もない。


 悪夢はそれだけで終わってはくれない。大きな星の欠片が高いお山めがけて降って来る。星は山の半分を吹き飛ばし、その半分になった山は火を吹き、あたり一面は燃える河に呑み込まれる。


 荒ぶる山は大地を揺さぶり、揺れた大地はひび割れて、そこからまた(ほのお)と蒸気噴き上げ、人も動物も、家も畑も消炭(けしずみ)さえ残さずに消えてゆく。


『先見ノ玉』は、未来を見通す玉だ。本来は霊力を通して、見通す未来を指定して使う。今のように勝手に未来を映し出すことなど、あろうはずがない。



 ずいぶんと長い間、玉に見入っていた優曇華が口を開いた。


「お爺、どうやら頃合(ころあ)いらしい。三千年にはまだまだ早いが、これが……これが、わっしの正念場じゃろう」


『正念場』とは、舞台に立つ者の言葉。その役者の、真価を発揮すべく用意された、見せ場のことだ。


 まだ……悲劇は起きてはいない。


「人々が哀しみに沈んでからが、お前さんの仕事ではないのか?」


「いいやお爺。わっしには哀しむ人を丸め込むようなことは出来ん。そんなことはやりたくない。哀しみも喜びも……人の想いは、その人だけのものじゃ」


 玉から視線を逸らすことなく、背を向けたままで言う。


「それに、そんな後手に廻るのも、性に合わん」


 わっしは、この悲劇を……起きる前に……。


 ぶち倒す!!!!!





 お前さんは、ほんに……。呆れるほどに男前じゃのう。そして、己をよく知っておるわい。伝えられる『優曇華の花の使命』とは、ちいと違うているやも知れんが……。実にお前さんらしい答えじゃよ。


 多くの命を見送り、哀しみを抱いて過ごした優曇華は、哀しむことが……痛む傷そのものが愛おしさだと知っている。その傷を取り除くことが、救いになどにはならんとわかっている。


「お爺! わっしは哀しみが起こらんように……ひとつでも減るように、咲いてみせるぞ」


 優曇華がいっそ清々しい顔で、きっぱりと言った。


 所詮全ての命なんぞ、定められた舞台の上で、演目のままに踊るだけだ。演目を……命の(ことわり)を変えることなんぞ、出来はせんのかも知れん。


 だが、わしらは精一杯(あらが)った。優曇華の使命のくびきを断ち切ろうと、手を尽くした。その全てのことは、一欠片(ひとかけら)も無駄だったとは思っておらん。


 演目は決まっていたのかも知れん。だが、手足を振り回して、踊るのは自分。くるりと回って見栄を切るか、舞台の袖で(がく)を奏でるか。


 それくらいは、好きにさせてもらっても(ばち)は当たらんじゃろう。(もっと)も、わしも天狗も大婆も……地獄の沙汰も罰も、少しも怖いとは思うとらんがな。



『お爺』と優曇華がわしを呼ぶ。少し掠れた声だが、まるでいつもの調子だ。


「お爺、わっしは花じゃ。花の精霊じゃ。丁度良い頃合いに咲くのが花じゃ。わっしの頃合いが、季節や風ではなかっただけのことじゃ」


 己の生まれた意味も。花開く時も、散り際も全て呑み込んで、それを『今』と決める。



 そうか……。ならば……咲け!


 見事にその花びらが開くまで、わしが決して散らせはせん。


 思うように咲け。


 愛弟子の花道を、整えるのが師匠の……わしの最期(さいご)の仕事だ。


 気の済むように、己の花を開かせるが良い。


 咲け、優曇華……。己の、思うがままにやれ!!!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ