第十八話 探究の白天狗
天狗がふらりと一本杉を訪れた。
羽音にキレがない。最近何やら忙しそうにしているが、なんぞ企んでおるんかいな?
「ああ、探し物をしていた」
珍品探しなら年がら年中しておるじゃろう。なんせ主の通り名は『天駆ける探求の白天狗』じゃからのう。フハハハ! 何度口にしても笑えるわ!
「その名を付けたのは仙爺じゃねぇか! 全くお陰でどれだけ恥ずかしい思いをしたことか……」
なかなか小洒落た褒め言葉のつもりじゃが? 気に入らんとは心外じゃのう。
「まあ、そんなことはどうでもいい」
良いのか? なんじゃつまらんな。
「優曇華の調べ……なんか目ぼしいことはあったか?」
いんや。わしらが知っとること以外は、あまり出て来ん。物の怪どもはどうじゃ?
「優曇華のことには、興味深々だな。まあ、霊力が強すぎて、木端妖怪なんぞは近寄れもしねぇよ」
わしと天狗はもう長いこと“優曇華の精霊”について調べておる。
伝承や噂話……書物を漁り、花咲く条件を探し、優曇華の花が咲きそうな……咲いたとされている古今東西の大災害や戦、飢饉について調べた。
そして今の世に、うちの優曇華以外にも“優曇華の精霊”が存在しているか否か。
優曇華と初めて目見えた時……彼奴は自分が優曇華の精霊であることも、わしが仙人であることも知っていた。
その上で「いつか花開く時のために、弟子入りする」と言って居座ったのだ。生まれついて知っていたものか、誰ぞにそう教わったか……聞いてみたが一向に要領を得ない。そこが大切なんじゃがのう。
本人が使命として、生まれつき持ち合わせている“記憶”なのか。はたまた、誰かに刷り込まれた“知識”なのか……。
「大陸の南の方だと祝福の象徴として語られてるな。極楽浄土や楽土に咲くらしい」
うむ。それだと優曇華は咲くこと出来んの。極楽浄土なんぞは現世にあろうはずがない。
わしらは……もう長いこと、優曇華の枷の正体と、外す方法を探し求めている。
天狗という物の怪は、元々物を集めたり調べたりすることに執着する連中が多い。白天狗はことさらその性が強く、住処はいつも珍品で足の踏み場もない有り様だ。
けれどここまで手を尽くす此奴を見るのは、長いつき合いの中でも初めてのことだ。手下のカラス天狗を使いながら、文字通り三国中を飛び回っている。
わしも雲に乗り、都や大陸へも出向いて書物を漁ったが、どうにも芳しいとは言い難い。
優曇華の運命だの使命だのという枷を外し、ただ花の精霊として憂いなく咲いて欲しい。
それはわしと天狗、そして狐の大婆の心からの願いだ。
「ところで仙爺」
天狗が思案顔を引っ込めて言った。
「仙爺、俺はそろそら終いだ。あと三年は保たん」
何を気の弱いことを……縁起でもないわい。
「いや、己の霊力の灯火だ。消えるかそうでないかは、見間違えたりはしねぇよ」
大婆が逝ってから、まだ三十年じゃぞ? もう少し気張らんかいな!
「……今日は、これを持って来た」
おい! 天狗! これは、もしや……!!!
「ああ……『魂移しの手鏡』だ」
目ん玉が飛び出るかと思うたぞい! よくもまぁこんなもん、見つけて来おったな! 伝説の品じゃ。
「裏道も奥の手も使って、最後の切り札も切った。すっからかんだが、悔いはねえ」
業突く張りの此奴が……。だが、それだけの品だ。
むむむむ! これは年甲斐もなく胸が高鳴るのう! まさかこの目で『魂移しの儀』が見られるとは!
「俺は使わねぇ。仙爺……これはおめぇさんが使ってくれ」
何を……何を言うとるか……!
「俺じゃあ儀式に耐え切れん。仙爺ならばなんとかなるだろう? 使いどころを間違えるな。ギリギリまでは、その身体で踏ん張れ」
わしよりお主の方が若いじゃろう!
「悔しいが……術の練度も霊力も、魂の強さも仙爺には遠く及ばねぇ」
らしくないことを言いおって……!
「なぁ、頼む……仙爺。最後まで優曇華と共に居てやってくれ。例えどんな姿になろうと、しがみ付いてでも存らえてくれ」
格好つけで、弱味を見せるのを何より嫌う天狗が頭を下げて言う。
「俺らの優曇華を頼む……仙爺……ひとりにしないでやってくれ……。ひとりは寒くて敵わん。優曇華をそんな場所に、置き去りにしないでくれ……!」
皮肉屋の天狗が、恥ずかしげもなく腹のうちをさらけ出す。その切羽詰まった様子に、本当に終わりが近いのだと思い知らされた。
「仙爺しか居ねぇだろう! 仙爺にしか出来ん。俺は、仙爺がいると思えば安心して逝ける。優曇華の晴れ姿を目蓋の裏に見ながら、夢心地のまま消えてぇんだ」
お主まで、先に行ってしまうのか。
「すまんな、俺は逃げる。難事を仙爺に押しつけて、勝ち逃げさせてもらう」
勝ちじゃ、言うか……!
「ああ、勝ちだ。大勝ちだ。俺たちの優曇華は強く逞しい娘っ子に育ったじゃねぇか! 優曇華はちゃんと自分の花を咲かせる……その強さを持っているだろう?」
天狗がすっかり力のなくなった瞳に、かすかな光が戻る。
「泥水の中でだって、きっと優曇華は美しく咲くさ。あの頑固ものは、泣きながらだって負けた試しがねぇからな。そうだろう? 仙爺!」
莫迦垂れが! そんな弱った顔なんぞ優曇華に見せたら、一本杉から蹴り落とすぞ!
「あの呑気な娘に、気取られるほど落ちぶれる気はねぇよ」
全く格好つけおって! しがみついて根性見せんかい! さっさと死ぬ気になるな!
「ほれ、これ持って行け。蜂の子……炒りたてじゃ。これも持って行け。二股大根の味噌漬けじゃ。これもじゃ! 走り茸の薬酒じゃ!」
「仙爺……走り茸は毛生え薬だろう?」
「喧しいわ! 効かんかったわい! だが精はつく。日に三度、一口ずつじゃ。深酒はいかん」
身体を労え。そんで……そんで、わしにだけは見送らせろ……! 断りなんぞ聞かんぞ。
末期の酒は何が良いんじゃ? とびきりの銘酒を用意してやる。
莫迦たれが! 泣いとらん……泣いとらんわ!




