第十話 鷲尾山の仙女さま
おいらの住んでいる里は、鷲尾のお山のふもとにある。鷲尾のお山は、ここいらで一番高い山だ。てっぺん近くに大きな一本杉がある。
その一本杉には、仙人さまと仙女さまが住んでおるんじゃと。
仙人さまは、髭のもしゃもしゃっとした爺さまらしい。めったに里には降りては来ん。
問題は仙女さまじゃ。
仙女さまはたいそう可愛らしい女子の姿をしておって、月に一度か二度、ふらりと里にやって来る。
たいていは馴染みの年寄りの家で甘茶を呑んだり、生まれたばかりの子牛と遊んだりする。とても仙女さまとは思えん。
里の年寄りたちは仙女さまを“お華坊”とか“お華ちゃん”と呼んで、普通の童とおんなじように頭をなでたり蒸かした芋をあげたりしとる。
そんなことをして、ばちが当たったりせんのじゃろうか? もっと上等のお供えものをせんと、祟られるんじゃなかろうか?
おっ母に聞いてみたら「仙女さまって呼んだらいかんよ!」と言われた。仙女さまは人間のふりをしているんじゃと。
「気づかぬふりをしてやるのが、粋ってもんじゃろう?」
おっ母の言うことはようわからんかったが、それが里の決まりらしい。
仙女さまの髪の毛はお空の色をしておる。目も同じくお空の色じゃ。
そんな人間はおらんじゃろ?
「ふふふ。みんなお華ちゃんが好きなんよ。バレた思うたら、里に降りて来んようなるかも知れん。おっ母の婆ちゃんも、そのまた婆ちゃんも、そうやってつき合うて来たんじゃ。おっ母も童の頃は一緒に遊んだんよ」
ずーっと童の姿のまんまなんか? それはちいとばかし、可哀そうなんと違うか?
「里の年寄りが言うには、少しは育っているらしいんよ。ある日突然、育つらしい」
それは……。仙女さまというよりは、物の怪なんじゃなかろか?
「そうかも知れんねぇ。でも物の怪だとしても、おっ母はお華ちゃんが怖いとは思わんねぇ」
悪さなんかはしないらしい。術は……使うんじゃろか? 空が飛べたり、するんじゃろか?
おいらとも……友だちになって、くれるんじゃろうか?




