第九話 鬼姑
「しっかし、お爺。人とは不思議な生き物じゃな」
お加代坊の四十九日が済んだ頃、優曇華が眉間に皺を寄せて言った。
「わっしは月に二、三度は、お加代の元へ遊びに行っていたじゃろう?」
そうさのう。そのくらいは通っておったな。
「お加代やお加代の兄者以外とも、色々あっての」
ほほう、初耳じゃ。例えば?
「お加代が嫁に行った先の婆さまは、細かいことでお加代をいじめる鬼婆でな。わっしは辛抱堪らんくて、術で浮かしてお寺さんの石段から落としてやろうかと思うとった」
ああ、まあ物の怪はそのくらいはやりおるな。……やらなかったんじゃよな?
「ああ、やっとらん。お加代にやめい言われた」
お前さんは……ほんにお加代坊の言うことはよう聞いておったのう。わしの言うことはちいとも聞きゃあせんのにな。
「その婆さまだがな、お加代が子を産む時とんでもなく頼りになったんじゃ」
そういう時は、男衆はたいてい役には立たんからのう。
「真夜中に産気づいたお加代のために、着物の裾を絡げて夜道を走って行きおった」
なるほど。剛気な婆さまじゃ。
「そんでな、自分だって婆のくせに、産婆の婆さんを負ぶって戻って来た」
やりおるな! 見上げたもんじゃ。
『お加代! 大丈夫じゃ! お腹の子も一緒に頑張っとる! あとひと息じゃ!』と言うて、加代の手を握って励まし続けとった。
朝までずっとじゃぞ? わっしは精霊で……術が使えるのに、おろおろするばかりの役立たずじゃった。
人は術も使えんで、すぐに怪我をしたり病気になる。だから守ってやらにゃならん。わっしはずっとそう思っとった。
だがな、お爺。それは間違いじゃったよ。
人は……強かったんじゃ。
婆さまは一本筋の通った鬼婆じゃった。厳しく、しぶとく、逞しく、家族を守る鬼婆じゃ。
お加代も強かったんじゃ。
苦しんで……苦しんで苦しんで……それでも、根をあげんかった。
人は子を産む時、みんなあんなに苦しむんか? お加代なんぞ兄者が七人もおるんじゃぞ? お加代のおっ母は、どれだけ強いんじゃ!
そんでな、お爺。やっとのことで赤ん坊が出てきて……。赤ん坊を抱いたお加代は、菩薩さまのように綺麗じゃった。
わっしは哀しくも痛くもないのに、涙がだらだら流れてきおった。何でじゃろうな? 今でも良くわからんわ。
わっしがあうあうと泣いておったら、婆さまが手を握ってくれた。婆さまは、赤ん坊を抱くお加代を、黙って眺めておったよ。
いつも怒ってばかりの鬼婆が、人が違うかと思うほど優しい顔をしておった。
なぁお爺、ほんに、不思議なんじゃ。
婆さまはその後も、口うるさくてな。わっしがお加代の元へ行くたんびにどやされた。
そう。以前と変わっておらんはずなのに……。
わっしには婆さまの目が、優しく見えるようになったんじゃ。文句を言われても、それが気遣う言葉だと思う。
最初は何か術でも使って、拐されておるかと思ったぞ!
でも違う。わっしが婆さまのことを、好きになったからじゃ。
好きになったから、ちゃんと見えるようになった。好きだから、言葉を聞けるようになったんじゃ。
そんでも……やっぱり、ずるい。ずるいから嫌いじゃ。お加代も、婆さまも、自分だけ満足してさっさと先に死んでしもうて、ほんにずるい。
いんや。嘘じゃ。大好きじゃ。
お爺……。
お加代も、婆さまも、わっしは、ほんに……大好きじゃったよ。
 




