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鍛冶屋のオヤジと冒険者 上


 王都の東門の周囲には、鍛冶屋街と呼ばれる一角がある。

 やっと朝日が街を照らし出したこの時間にも、既に煙突からは真っ黒な煙が上がり、鎚で鉄を叩く音が響き初めていた。


 大火災の予防のためと、遥か昔に鍛冶屋はこの街区に押し込められ、どの屋根にもコークスを燃やした煤が積もっているのが見て取れる。


 そんな街の外れにある鍛冶屋街のさらに外れ、城壁に押し付けられているようにして建っている、ある武具店に、一人の女が入っていった。

 

 彼女は、町娘が着るようなドレスは着ていたが、腰には長剣を提げていた。

 街で武器の携帯を許されているのは、冒険者だけだ。

 彼女の胸にも、鉄等級(アイアン)冒険者章(タグ)が谷間に挟まるようにして光っている。

 彼女は、数々の武器が並ぶ店には入らず、そのまま建物と城壁の間を入って行った


「おーい! おやっさん居るー? 」


 サムズの店の鍛冶場に、能天気な声が響く。

 その綺麗と言うよりは、可愛らしい娘は、鎚の音が響く鍛冶場へと入って来ていた。


「誰がおやっさんだ! 俺はまだ二十五だ! あと、こっちに来んなと何度言ったら解るんだ? ジョディ! 」


 サムズの大声が、鍛冶場に置いてある鎚を震わせた。

 彼は筋骨隆々の大男で、髪の毛は剃りあげ、口元には髭を生やしている。

 鎚を振っていた彼のシャツは汗で貼り付き、厚い綿の前掛けには、新しい焦げ跡が増えていた。

 確かに彼が言うように、二十五歳には見えない風格がある。


「だって、おやっさんはおやっさんじゃん? それに、いい加減、店番雇った方がいいと思うよ? 」


鉄等級(アイアン)冒険者のジョディが、首を傾げながら言う。

 顎に人差し指を当て、腕でその胸を抱えるようにして押し上げていた。


 彼女はまだ十八になったばかり。二十五と言えばかなり歳上に見えるかと、サムズは自分を慰める。


 サムズの店は、それなりに客はついてはいるが、まだまだ独立してから間もない自分に、店番なんぞ雇えるかと思いながら、サムズはため息を吐く。

 普通は十代前半で弟子入りをして、二十を過ぎる頃には独立をしているものだ。

 ただ、二十のころにやっと鍛冶の師匠に弟子入りしたサムズは、やっと独立を果たしたばかり。

 ただでさえ、色々と遅れているのに、手間ばかり掛かる仕事に関わっている余裕はなかった。


「……で、今日はなんだ? 」


 サムズは、寄せて上げられている谷間に目を落とさないよう、必死でジョディと目を合わせようとする。

 結果として、瞳が何度も上下する不自然な視線になってしまっていた。


 ジョディの口許が緩む。


「あのね……また新しい剣が欲しいなーって。」


 ジョディは、甘える娘のように、背中に手を回し、しなを作ってからサムズを上目遣いで見た。


 これに何度もサムズはやられていた。


「ツケを払ってからな。」


 出来るだけ冷淡に聞こえるようにサムズは言い放つ。

 ここ最近の二本については、まったく代金の支払いすら行われていなかったからだ。


「えー! そんなぁ……。おやっさんの剣じゃないと保たないのに! 」


 ジョディは、ガックリと肩を落とす。

 ただ、サムズもここで甘やかしては彼女のためにならないと、引き下がるつもりは無かった。


「ボコボコ大事な剣を折って来るから悪いんじゃないか? 今のはまだ無事なんだろ? 大事に使えよ。」


「だってあたしの魔力量だと、数打ちの剣じゃ魔力を通しただけで割れちゃうんだもん……。 それに、おやっさんに打ってもらったこれも、多分もうそろそろ限界が来るし……。」


 実際、ジョディの魔力量は、冒険者組合(ギルド)の職員も驚くほどで、英雄と呼ばれる者と量だけは変わらない。

 ただ、彼女の魔力コントロールのセンスはお世辞にも良いとは言えなかった。

 それに、魔力量が多ければ、魔術師を目指すのが普通だが、魔法陣も呪文も一向に覚えられない彼女に、期待していた魔術師たちも早々に諦めていた。


「ほんじゃ、ミスリルの剣か勇者の使ってた聖剣でも使えばいい。 」


 剣の使い方が悪い訳ではなく、ただ魔力が大き過ぎるだけなのだから、その辺りのものを探せとサムズは言い放つ。

 最初はサムズも自分の技術向上のためと、材料代程度でジョディの剣を打っていたが、十数本を折られたところで諦めた。

 結局、(はがね)ではどうにもならない事がわかったからだ。

 あとはミスリルやオリハルコンと言った希少な金属を用いる事だが、この娘にそんな高額な素材が用意出来るとは思えなかった。


「……その手があったか……。」


「わかったら、とっとと出てってくれ。」


 これで話は終わったと、サムズは作業に戻ろうとした。

 そんな彼の腕が、柔らかい手で引かれた。


「ねえ……おやっさん。お願いがあるんだけど。」


 ジョディの潤んだ瞳が、振り返ったサムズの瞳を射抜いた。


「……いやだ。お前がそういう時は碌な事がない。」


 サムズは、一瞬どきりとはしたものの、今までの散々な記憶を思いだし、直ぐに気持ちを切り替えて、作業に戻ろうと鎚を手にした。


「そんなこと言わずに助けてよー。あたしが身請けされてもいいの? 」


「身請けってなんだよ。娼館にいる訳でもあるまいし。」


 突然、身請けなんて言葉が出て来て、サムズは驚いて聞き返した。

 彼は、ジョディの事を憎からず想ってはいた。

 ただ、タイミングも掴めず、女性には敬遠される自分の容姿のことも良く解っていた彼は、突然彼女が遠くに行ってしまうかもと不安になったからだ。


「次の勝負に負けたら、あたし貴族のお(めかけ)さんにならなきゃいけないの! 」


「……どうせ余計なトラブルを自分で背負いこんだんだろ。俺には関係ないね。貴族の暮らしが出来るんだから良いじゃねぇか。」


 それは、彼の本心では無かったが、毎日生き死にを天秤に掛けるような生活をしなくて済むなら、その方が良いと思ったからだ。

 そもそも、こんな若くて美しいジョディが、自分のような見た目の男に惹かれるはずがないと、サムズは思っていた。


「だから、ちょっとだけあたしの話を聞いてってば……。」


「わかった! わかった! だからもう離せ! 」


 ますます強くなるその手の力に、とうとうサムズは負けてしまう事にした。

 鍛冶場の椅子に腰かけて、ジョディには手作りの木の椅子を勧めた。


「……あのね……」


 ジョディが、自分が育った救護院の為に、成人してすぐ冒険者になったことは、サムズも知っていた。

 前代の救護院長が作った借金を返しながら、彼女は子供達の面倒を見ていた。

 だが、その借金はなかなか減らず、いよいよ返済に期日が決められ、それが返せないと、今使っている土地と建物が取り上げられてしまうのだと言う。

 ただ、もしジョディがある貴族に(めかけ)として仕えるなら、その期日を伸ばすと言われたのだ。


「…………俺に全く関係ねえじゃねぇか。」


「……わかった。」


 ジョディは涙を浮かべて、肩を落として鍛冶場を出て行こうとした。

 

「……ああもう仕方ねぇな! わかったよ! 」


「だからおやっさん好き! 」


 ジョディは、サムズの腕に抱きつくと、その胸を押し付けた。


「ホントに調子がいいな、お前は……。」


 そう言いながらも、サムズは嬉しそうに答える。


「だって、こういう時に頼りになるの、サムズしか居ないんだもん。」


 今までの、どこか小馬鹿にしていた目ではなく、その瞳には信頼と真剣さが湛えられていた。


「で、俺は何をすれば良いんだ? 」


「ちょっと付き合ってもらいたいところがあるんだ……二人っきりで……。」


 ジョディはサムズの耳元で、そう囁くように言った。


*


「ま、こんなことだろうと思ったよ……」


 翌日の早朝から出掛けた二人は、やっと目的地に着いた。

 大剣を鍛えるための大槌を、杖のようにつきながら、サムズは廃坑の入り口を眺める。


 王都の東門から歩いて一刻(時間)ほどのこの廃坑は、今はダンジョンとして冒険者が挑む、魔物が跋扈する場所となっていた。

 朽ち果てた手押し車も雨に打たれて苔むし、坑口を支えていた太い木材も、ところどころが腐り落ちてしまっていた。


 それは、大昔に採掘を止めたミスリルの鉱山跡だった。


「ミスリル鉱山の入山料って高いんだもん。」


 廃坑の脇に儲けられている、坑員詰所を手直しした受付で、ギルド職員に料金を払いながら、パーティーを五名の定員まで集められなかった事を、ジョディは詫びる。


「少人数での探索は、あまりお勧めは出来ないですけどね。」


 二人の話を聞いていた受付の職員が苦言を言う。


「ああ……すまんな。」


 何も言えずにいるジョディを横目に、サムズは謝る。

 確かに頭数が揃っていた方が安全ではあるが、それぞれの事情もある。

 サムズたちは、狩りに来たのではなく、素材を集めに来ていた。ここで採れるようなクズ鉱石では、どれだけ集めても一人あたま、銀貨十枚と言う入山料には程遠い。

 銀貨五十枚、金貨にして一枚あれば五人家族が一ヶ月十分やっていけるのだから。

 ただ、それはその入山料を払ってもお釣りが来るほど強い魔物がいると言う事を意味していた。


「あと、最近、洞内での行方不明が多発しています。基本の探索ルートからは、外れないようにしてくださいね。」


「……わかったよ。」


 どうやら、何か問題があるようだとは思いながらも、サムズは軽く手を上げてジョディの後を追う。

 こうしたダンジョンでは、行方不明になる者が出るのは当たり前だからだ。


 いくら廃坑とは言っても、商売にはならない程度だがクズ鉱石は拾う事が出来る。

 ある程度、その鉱石を集めて精練し、鋼に混ぜれば多少は魔力に対する耐性は上がる。

 

「しかし、二人ってのはどうなんだ? 俺はただの鍛冶屋だぞ。」


 サムズは、自分の愚かさのせいだと自分を慰めてはいたが、ジョディにはさすがに文句をつけたくなった。


「そんな謙遜しなくてもいいよー。何度も行ってるじゃん。ダンジョン。」


「いつもお前に無理やり連れていかれてるだけだけどな。」


「無理やりって、酷いなー。いっつもおやっさん来てくれてるじゃん。」


「俺にもう少しだけ理性があればな……。」


 今までも、こうして何度も色仕掛けに負け、サムズは鍛冶屋らしからぬ冒険者稼業の手伝いをさせられていた。

 既に冒険者登録も済み、先日には、とうとう等級(ランク)鉄等級(アイアン)にまで上がってしまっていた。


「なに遠い目をしてんの? 行くよー? 」


「へいへい。」


 早くしろとでも言いたげなジョディに、サムズは女性の胴ほどもある大槌を肩に担いで従った。


*


「もう少ししたら、人喰鬼(オーガ)が出て来るからね。」


 光源(ライト)の魔法で照らされた坑道を、サムズとジョディは警戒をしながら歩いて行く。

 キラースパイダーやゴブリン、トレントと言った、弱い魔物が出てくる階層は既に過ぎ、鉄等級(アイアン)でもきちんと連携を取らなくてはならない魔物が出てくるところまで、二人は進んで来ていた。

 チラリとサムズが壁面を見れば、僅かだがミスリルの緑色の光が見える。


「こんな奥まで来る必要あんのかよ。もう良いだろ。」


 鉱石の質を見て、これならある程度は剣を強化出来るだろうと踏んだサムズは、この辺りで良いだろうとの意味を込めて、そう言った。


「だってミスリル鉱石って奥に行けば行くほど質が良くなるんでしょ? 」


 何を言っているの? と、言わんばかりに、首を傾げながらジョディは言う。


「……待て、お前どこまで行く気だ? 」


 サムズの背中に冷や汗が流れ、悪い予感が背中を駆け上がって来た。


「一番奥に決まってんじゃん。」


「帰る。付き合いきれん。」


 腰に手を当てて、当然の事のようにきょとんとした顔をしているジョディに背を向けて、サムズは帰ろうと踵を返した。

 この廃坑の最奥部は、未だ探索が完了しておらず、地図もこの鉱山が現役だった頃の古いものしかない。

 魔物によって、どう変えられているかも解らないような迷宮に、二人だけで挑むなど、正気の沙汰では無かった。


「ちょっと待った! 今度はちゃんと帰ったらおっぱい揉ませてあげるから! 」


 慌ててジョディがサムズを引き留めようとしたが、体格の差はなんとも出来ず、ズルズルと引き摺られる。


「今まで、それに何度俺が騙されて来たと思ってるんだ? 」


 鼻の下を伸ばして、彼女に着いてきてしまった自分に怒りを感じながら、サムズは帰り道を急ごうとした。


「……今度こそ本当だもん! だから助けてよ! 」


 サムズは、普段とは違う切実な叫びに、はたと足を止めた。


「……一体何があった。」


 涙を滲ませながら、ジョディはぽつりぽつりと話始めた。


「あたし、(めかけ)にならなきゃいけなくなるかもって話をしたじゃない? 」


「ああ。聞いた。だからこうして来てるだろ。」


 そんな話を回避させるために、サムズはここまで来ていたからだ。


「それって、貴族じゃなくて、シードストーンの話なんだ。」


「なんだって!? あの悪徳商人のか? 」


 シードストーン商会と言えば、王都では有名な商会だったが、その足下をみた高利での金貸しや、立ち退き等へならず者を使った介入、そして裏社会との繋がりを噂されていた。

 表向きは、大手の商会として活動しているため、騎士団も衛兵隊も手が出せずにいるが、サムズのような末端の職人や、商人にとっては、裏社会の人間であることは、公然の事実だった。

 

「そういうわけ。だから、あたしが残りの金を用意出来なかったら、(めかけ)じゃなくて、奴隷として一生仕えろってさ。」


「…………。」


 まさか、そんな話だったとは、サムズは露ほども思ってはいなかった。

 (めかけ)であれば、個人の意思は尊重されるが、奴隷となればそうは行かない。

 隷属紋と言う魔法陣を身体に刻まれ、解放されるまでは主人の言いなりとして生きていくしかなくなる。


「結果は手に入るからいいけど、やっぱり好きな人と添い遂げたいじゃん? 」


 ジョディがチラリとサムズを見たが、前方を警戒し始めていた彼は、それには気がつかなかった。


「わかったよ。協力してやる。ただし、今回限りだからな。後ろの警戒を怠るなよ? 」


 仕方ないなと肩を竦め、サムズは前に立って歩きだした。

 無茶をこうして何度も聞いてきたのだ。今さら無視も出来まいと彼は思っていた。


「だからサムズ大好き! 」


 そんなサムズの背中に、ジョディがしっかりと抱きついた。

 サムズの背中に、胸が押し付けられる感覚がする。

 お互いに鎧を着用しているため、柔らかいものが鎧を押す感覚だけだったのが、サムズには残念だった。


「本当お前は自分の武器をわかってるよな。」


「……あたしがこういうことするの、サムズだけだよ? 」


「俺は、こうやってからかわれても本気で怒らないからな。」


「…………。」


 背中に抱きついたジョディが、どんな顔をしているのかは、サムズには解らなかった。



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