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歌声に魅入られて

作者: 紫陽花

僕が好きな地下アイドルグループの一人青色担当のちーやんのグッズで溢れるこの部屋。

壁にはちーやんのポスター、初めてライブに参戦した時の記念にツーショットで撮ったチェキ、思わず手に取ったちーやんの似顔絵など壁が見える隙もないくらい無数に貼り付けてある。

あちらこちらには同じものを3つ用意したクリアファイルや雑誌があり、棚の上には、アクスタがズラリと並んでいた。もちろん棚の高さはちーやんの身長と同じ高さだ。



この空間はとても幸せだ。なんて言ったって大好きな大好きなちーやんの色で溢れているのだから。

僕が使いもしないシュシュやポーチなども買ったこともある。全ては大好きなちーやんのために。推しのために貢ぐのだ。


一歩この世界から出ると、母親からの冷たい目、妹からの気持ち悪いの一言。弟からは返事すらもらえない。同級生のからかう声、手が当たるだけで悲鳴をあげる女子。そんなだからあまり学校には行っていない。世界は悪意であふれている。生きづらい。

もうこんな世界嫌だ、そう思った僕を唯一笑顔で迎えてくれたのがちーやんだった。蒼色の髪に銀のインナーカラーをいれた小鳥のようなコロコロとした愛らしい声。

ポッコリと出たお腹、周りより低い身長、何に対しても鈍いこの体。そんなコンプレックスの塊の僕に笑顔で君だけが好きと画面越しで僕に歌に乗せて言ってくれたのだ。



ただいまの時刻は午後7時50分。扉の前に置かれたご飯も食べ、愛用のちーやんマグカップに激甘のコーヒーを入れ、テレビの前で待機していた。

今日は午後8時から生配信があるのだ。普段はスマホの小さい画面でしかちーやんを見ることが出来ないが、今日のために新しく大画面で見れるようセットしたのだ。

カチリと部屋の照明を落とした。真っ暗闇の小さい世界が広まる。

音もなく、ただただ僕が息をする音、身じろぎ音それだけがこの空間に響いた。

ハチマキにハッピ、両手にペンライトを装備してじっとただただ待っていた。

時計を見ると、7時59分。チャッチャッと音を立てて秒針が動く。

秒針がちょうど真上を向いた時、テレビには大好きちーやんの姿がいっぱいに写っていた。


「うぉぉおおおおっ!!!ちーやん!!!」


思わず雄叫びをあげた。真っ暗闇な部屋の中、キラキラと光を照らすのは画面の中のちーやんだけ。まるであの日救われた僕の心の中を表したようだ。

ふわりと舞うスカート、ムチっとした足、可愛い笑顔に歌に乗せて僕への愛を囁く。テレビ食い入るように見つめ釘付けになった。ちーやんのダンスと歌に合わせて、立ち上がってラブコールを送る。隣の部屋の弟のことなんてもう頭になかった。



楽しかった。夢のような時間だった。

あっという間に時間は過ぎ配信の終わりの時刻が近づいていた。

幸せだ、可愛い、僕の推し。今日もありがとう、頑張って生きて君へ貢ぐよ。

そう心に決めた。




「本日はどうもありがとうございました!

最後に重大な発表があります。」




重大な発表?また、ライブをしてくれるのだろうか。そんな淡い期待を抱いた。しかし、現実は残酷で。予想と反し、愛しのちーやんの口から衝撃的な発言が飛び出した。


「誠に勝手ながら本日をもってチームピヨちゃんズは解散いたします。今まで———」


そこから先は大好きちーやんの声なのに聞こえなかった。

かしゃんと音を立てて落ちたペンライト。ふっと足から力が抜け、後ろに倒れた。ガツンと頭に走る激痛。スゥッと意識が遠のいていくのが分かる。


嘘だろ…ちーやん…。受け入れられずにいた。

夢ならば冷めてくれ…!

そう願いを込めた時、ピピピピッ、ピピピピッ、と目覚まし時計の軽快な音が脳内に響いた。









ガバリッと体を起こすと部屋の中は窓からの光に照らされとても眩しかった。ばさりと音を立ててカーテンが揺らめく。

机の上のコーヒーが溢れ、暴れた後のように部屋がぐちゃぐちゃに散らかっていた。


時刻を見ると午前7時50分。

そうだ、あの夢が本当かどうか確かめなくては。

震える指でスマホを開き青い鳥のマークを押した。本当じゃないように、そう願いを込めて。パッと画面が起動し、真っ青の画面から切り替わり沢山の情報が浮かび上がる。

そこには、「ピヨちゃんズ 解散」の文字がたくさん並んでいた。


夢じゃなかった。

あれは、昨日の記憶だったのだ。


受け止められなかった。今まで僕を支えていたのはちーやんただ一人だったのに。もうあの笑顔が見れないのだ、愛を囁いてくれないのだ。

悲しみに暮れ、外は明るいというのに僕の心は真っ暗闇だった。

気分転換をしようと散歩に出かけた。

清々しい風が吹いていたが、僕の心は暗く重いままだった。





公園のベンチに座りちーやんへの想いを募らせる。じっと一点を見つめて。

ずっと同じ体勢でいたが、ふとピチチッと可憐な声が聞こえてくる。どこにいるんだろうと気になり、下を向いていた僕は近くの木を見た。そこには青い羽の白いとりがいた。

まるでちーちゃんのようだ。ゆっくり驚かせないようゆっくりと近づくと、ふわりととりの体が浮いた。飛び立った途端枝へとぶつかった。その後下へと降りてきた。いや、違う!あれは落ちているのではないか。


「危ない!」


とっさに駆け出し運動神経が悪いながらもなんとか受け止めることが出来た。

よく見ると羽が折れているようだ。とりは手のひらの中でぐったりとしていた。

とにかく治してあげないと。

怪我が痛まないようにそっと、けれど駆け足で家へと帰った。

体力のない僕は家に着く頃には息が上がってヘロヘロだった。それでも、二階の角の一番奥の部屋まで家族にバレないようそっとそっと歩を進めた。とりは静かだった。

部屋に入るとふかふかのちーやんのブランケットがあったのでその上に寝かせた。


そこからは必死だった。ネットで治療法を調べ上げ、病院へ駆け込み羽を見てもらい。継ぎ羽という方法で治していくという。ある時はとりに合う羽を探し、ある時は体に良いえさを探し。とにかくあちこちかけずり回った。

お陰で僕の体の脂肪が少しずつ減っていった。


僕の部屋はちーやんのグッズで散らかっていたので、とりを本格的に受け入れるときにダンボールに綺麗にまとめた。おかげで部屋がスッキリとしている。



とにかく、治したい一心で懸命にお世話をしたのだ。







ある日、とりの餌を買った買い物帰り、とりがいた公園を通った。

小さな子供と母親だろうか。とりが止まっていた木をじっと見ていた。


「あおいことりさん、きょうもいないね」

「そうね、お友達のところにでも行ってるのかな?また明日見に来よっか。」


……あのとりは愛されていたのだろう。

トボトボと帰る子供の背中に何も声をかけられなかった。









いつまでもとりというのは呼びにくかったので、とりを反対にして「リト」と呼ぶことにした。ネーミングセンスなんて皆無なのだから期待しただけ無駄だ。


もっとリトをよく見るために長く伸ばして邪魔だった髪を切った。苦手だった美容院に行って。縁が視界の邪魔になるのでメガネをコンタクトに変えた。

今まで着古していた服はリトが穴を開けたり、痩せたことによりぶかぶかになったため買いなおした。


そうすると、家族から、同級生からの当たりがきつくなくなっていった。女子からも悲鳴をあげられない。むしろ話しかけてくることが多くなって困惑した。暮らしやすい世界に変わっていた。全てリトのためにやっただけなのに。


お世話をしつづけると次第に羽は順調に回復していった。

リトのおかげでちーやんのことを思い出し悲しみに暮れることがなかった。




リトは家族には一切デレた姿を見せないのに僕には懐いたのか、スリリと頬にすり寄ってきた。愛らしい奴だ。

そういえばあの時以来、リトは鳴いていない。

ストレスによるものなのだろうか、声の方も治ってくれれば良いのだが。





あの日から二週間以上経ったある日の朝。

午前7時50分、目が覚めた。

いつもの日課であるリトの餌と水を取りに1階へと行く。たんたんと階段を降り、すっかり調子の良くなったリトを思い浮かべながら足早に部屋へと戻っていった。

ガチャっと扉を開けると、部屋の中は窓からの光に照らされとても眩しかった。窓が開いていたのか、ばさりと音を立ててカーテンが揺らめいた。定位置に持ってきたものを置き、部屋を見回す。


「リト…?」


いつもの場所にリトがいない。

公園へ帰ったのだろうか、僕を置いて。

心にぽっかり穴が開いた感覚になった。僕はリトをいつのまにか心の在りどころにしていたのかもしれない。


その時小さな音を立てて、元気になったリトが部屋の中に飛び込んできた。

口には花をくわえて僕の元に飛び込んできた。

もしかして、花を取りに行っていたのだろうか、こんな僕のために?

手のひらに花を置くとそのまま棚の上にリトは降りたった。

日の光を浴びて、まるでスポットライトに当たっているような。特別ステージが出来上がっていた。

ずっと何も言わず頑なだった口から可憐でコロコロとした綺麗な歌声を紡ぎ出す。すっと心に染みるような、優しく包み込んでくれるような。

時に僕の周りをくるりと舞い、時に肩に止まり柔らかく囁いた。

僕の、僕のためだけに、いま、リトは歌ってくれているのだ。画面越しでも、不特定多数のためなんかじゃなく。


その事に胸打たれて。素晴らしい歌声に酔いしれて。

声が止んだ時、ふと言葉が溢れていた。


「リト、君は歌が上手いね、僕は君の歌声が好きだ」


僕の言葉にピチチと愛らしい声で応えてくれた。僕の言葉がわかるのだろうか。いや、わかってなくても良い。伝わらなくても良いからとリトに問いかけてみた。


「僕はアイドルが好きだったんだ、君は僕だけのアイドルになってくれないかい?」


とは言ったものの野鳥は飼うことは出来ないし、ましてやリトはあの公園のアイドルだ。僕なんかのためだけになんてありえない。

伝わるはずがないと思った言葉。しかし、伝わっていたらと思うと口を開いた。ごまかしの言葉を紡ごうとしたその時。


ピチチッっとまるで肯定しているように僕の周りと飛び肩に止まったあと僕へとすり寄って来た。


その瞬間僕は心が満たされた気がした。

僕のためにそんなに心を砕いてくれる姿が。声が。

僕を今までで一番幸せにした。







リトは公園の人気者、みんなのアイドル。僕のうちに来たおかげでファンが増えてしまった。青い綺麗な翼に、白いふわふわの胸元。つぶらな瞳に、可憐な歌声。どんどんみんなが虜になってしまう。

アイドルとは手が届かない存在。そんなアイドルが。


二階の角の一番奥の部屋すこし狭い部屋。前好きだったアイドルのポスターが一枚壁に貼られている。以前の僕を支えてくれたアイドル。今は解散してしまっているが推しを推せる時に推せたのだ。悔いはない。部屋はすっきりとして、小さな花や木の実が飾られている。


朝、午前7時50分。僕は自室の部屋の窓を開けて待っている。ばさりと音を立ててカーテンが揺らめく様子を見ながら飲めるようになったブラックのコーヒーを味わう。


午前8時。彼女がやってくる。いつも小さな贈り物をくわえて。

みんなのアイドル、リト。そんな彼女がこの時間、この瞬間だけば僕だけのアイドルになってくれる。

愛くるしい姿で、今日一日の生きる力をくれる。僕に住みやすい世界を与えてくれたリト。

今の僕がいるのはリトのおかげだ。


ありとあらゆる鳴き方で僕の心を癒してくれる。マイク越して聞くわけでもなく、BGMが後ろでバンバンと流れているわけでもない。派手な演出もダンスもない。愛していると言う言葉もない。だけど。


ただひたすら、小さな小さな歌声を耳を澄まして、聴く。それだけなのに、すごく心地よい。

言葉はなくても体全体で愛を囁いてくれるのだ、これほど心が満たされることはない。


リトの歌声を聴いたあと僕は学校へと通う。

僕が出かける準備ができるまで共にいてくれる。そして、毎日のように言うのだ。










「リト、行ってきます。」

















そうしたら、ピチチッと返事をくれるのだ。

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