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第四話 ダニの集い

闇夜を駆ける影。深夜とは言え学院内には常に巡察官が在している。

巡察官の手には魔式ランタンが握られ、品種改良により魔力探査に優れたハウンドドッグを連れている。

だが、むしろそれは浩也にとっては好機。魔力を標に敵を探すのであれば魔力を持たぬ浩也は完全ノーマークになる。

視界に入らず音を立てさえしなければ目的地まで行くのはそう困難なことではなかった。


「さて、と…」


振り返る。ドリーを共犯者にする形にしてしまったことは今も心の中で引っかかるものがある。だが、心を通わせ、応援してくれたドリーの好意を無碍にすることはあってはならない。

意を決し、浩也は地下水道の中へと飛び込んでいった。


************************************************************


帝都の地下水道はある程度舗装されてはいるものの、さすがの魔法社会。

照明はすべて光魔法に頼っているらしく、完全真っ暗闇がデフォルトだ。

別れの際にドリーに手渡された光の魔法石を取り出す。魔法石は魔力を持つものが自分の魔法を注ぎ込むことで、その魔法を習得していないものでも簡易なものならば発動が可能になる道具だ。

浩也がグッと力を込めて握りこむことで石があたり一帯を照らす。


「はぁ…地下水道に入るのなんかホームレスの取り立てぶりだぜ…」


青木組が金貸しのシノギに従事していた時、取り立ての際は末端構成員がその役割を果たしていた。中にはヤクザ相手にも滞納に逃走を重ねて支払いを逃れようとする連中もいたのだ。取り立てに失敗は許されない。どこに逃げようが地獄の果てまで追いかけねばならなかった。

思えば兄弟は取り立てが得意だった。浩也が見失ってしまった相手も兄弟が先に見つけて半殺しにしていたことは一度や二度ではない。


(ドブ走って思い出すとか、つくづくヤクザってのは社会のはぐれものだな…)

************************************************************

地下水道を走り出してからどれほど時間がたったか。ただひたすらに地図に従ってここまで走ってきたが…


「…一旦、休むか」


下水道なので座るのはためらわれる。土壁にもたれかかって深く息をつく。

知らず知らずに自分がズボンをまさぐっていることに気付く。愛煙家ゆえの癖だ。

極道社会ではタバコは吸って当然の代物。上から差し出されたものは拒んではいけない。完全な上下関係でスムーズに事を成すのに、タバコ以上に都合のいいものはない。

転生して数日、一度もニコチンを摂取できていない体はもう欲求にあらがえずにいた。

だが、当然ニコチンなどあるわけがない。転生した時の服は奴隷オークションにかけられたときにエルフの老人に奪われた。


(クッソ…流石にイラつくな…)


こればっかりは嘆いても仕方がない。この世界ではタバコが存在するかすら怪しい。苛つきから土壁を後ろ手に殴りつける。

些細な衝動のつもりだった。

何が起こったのか、理解はできない。だがただ一つ確かなのは浩也の拳は地下水道の壁を叩き割っていたことである。


(俺ってこんなに力強かったか?!)


と、背後から。


「兄ちゃん兄ちゃん、あんた中毒やんね?ちょっとこっち来いや」


随分と訛りの強い声。後ろを振り返るも誰もいない。目線を少し下に落とすと浩也の背丈の半分ほどの高さの中年の男。こいつも人間ではないだろう。耳が特徴的でエルフに似ている。


「ああ?なんのことだ、俺はただ…」

「よかばいよかばい、おっちゃん兄ちゃんみたいな人仰山知っとるから!こっち来るとええとよ」


男はまるで浩也の言うことを聞かず。浩也のことをどう見ているのかは知らないが、袖をつかんだと思うとずいずいと進んでいく。浩也も観念し、しぶしぶついていくことにした。


************************************************************

連れられてやってきたのは相も変わらず地下水道。だがその壁には鉄製の扉がつけられている。


「兄ちゃん、開けてみい!ぶったまげるとよ!」

「あ、ああ…」


男に言われるがまま、重い扉をこじ開けると…


そこに広がっていたのは酒場。閉塞的な地下水道とは真反対の空気感。飲み食い騒ぎ、笑いと歌声がそこら中で飛び交っている。


「どうよ?驚いたろ?」

「これは…いったい…?」

「みんな兄ちゃんと同じ帝都のはぐれ者ばっかりばい。元奴隷、貴族に家ば奪われた連中…事情は違うっちゃがみぃんな気持ちはおんなじ奴が集まっちょる、文字通り()()()()()やんね」


酒場のエントランスに掲げられた看板の通り、なるほど確かに酒場にいる連中は到底まともな生活をしてきたとは思えない。全身に隠せない痣がある者、体毛がグズグズになっている者…種族も事情もバラバラだろうが帝都では生きていけないという点では共通しているようだ。


「おーい!新人、連れてきたとよー!」


男が酒場で雄たけびを上げるや否や、そこら中から響き渡る歓迎コール。

酒場で飲んでいた連中は立ち上がり、あっけにとられる浩也の腕をとり、どんどん奥へと引き連れられていく。


「よう新人!お前は元何奴隷だ?」

「おっす新人!じゃんじゃん飲んでけよ!」

「新入り新入り!お前女抱きたくねえか?いまならうちのとこの女やすくしとくぞ!」


立ち往生している浩也に次々と酒が渡され、次々と商売話が持ちかけられる。

正直この空気感は浩也にとってはなんだかデジャブのようなものを感じていた。

浩也が死ぬ前暮らしていた街も決して治安はよくなかった。そういう街ではこういう飲み場であふれている。


「待ちな!」


浩也が入ってきてお祭り騒ぎの場を一喝。さえわたった一声を放ったのは隻眼の獣人。酒場のカウンターで一人酒を飲んでいた男だ。その姿は我々の良く知るクロヒョウに酷似している。


「てめえら新人をそういじめてやんな。おい、人間の卓どこだ!最初は同種がいいだろ」


クロヒョウが店内に問いかけると一つの卓が、ジョッキを掲げて答えた。


「新人、あそこだ。あそこならひとまず落ち着けるだろ」

「あ、ああ…助かった、ありがとう」

「礼なんていらねえよ、オレたち全員同じ穴の狢だからな。」


クロヒョウに示されたとおり、浩也は人間たちが集まっている席へと座った。席について居るのは浩也よりは年上だろう男ばかりだった。


「…よろしく頼む」

「よーう坊主!ようこそ地下のオアシスへ!大変だったろ、ここまで来るの!」

「一発キメるか、ホレ、好きに吸いな!」


そういって差し伸べられたのは茶色い粉末。そのわきには紙でできた筒と魔法石が置かれている。


「なんだ、これは?」

「なんだよ兄ちゃん、これ知らねえのか?!これは魔吸茸(ますいだけ)、文字通り摂取した生物の魔力を吸い上げちまうやべえ代物だ。一本丸ごと食えば即魔力欠乏でおっちんじまう。だけど微量ならこうしてごくごく軽度の魔力欠乏で済んで、空気中の魔素をとりこんで快感が得られるって寸法よ」


なるほど、魔力がない浩也からすればその効能はよくわからないが浩也の良く知るクスリと似たようなブツなのだろう。こう言った代物は当然何度も回してきた経験がある。

さっきの背の低い男が言っていたのもこれのことなのだろう。酒場を見渡せばそこら中でこれが吸引されていた。


「悪いがそういうのをキメるつもりは俺にはないんでな、タバコ…ニコチン的なものはないのか?」

「タバコ?あー、確かそういうのはドワーフが昔密造してたような気がするな。ちょっと待ってろ、話付けてくる」


卓を離れた男はさっき浩也を酒場まで連れてきた男のもとへと向かった。あいつの種族はドワーフ、というらしい。

ドワーフというのは根本的にはエルフと同種、精霊の一種とされるがこの世界ではその背丈の特異さから差別の対象として蔑まれている。


「なんばい兄ちゃん、珍しいもんやね!タバコば最近こさえとらんから、ちょっとかかるけん我慢しとーや!」

「ああ、助かる」

「ならその間は酒、おごってやるよ!オイマスター、エール酒追加な!」


同卓の男たちはかなり気前がいい。同種の仲間が増えたことがよほどうれしいのだろう。だが、浩也は長くここに居座るつもりもない。どうにかここから抜け出したい。


「なああんたたち、ここらの酒や魔吸茸?はどこから仕入れてるんだ?それと、ああいう料理とか」

「ん?そりゃ密造、それと帝都から仕入れてるぞ。ほら、あの奥。帝都の端につながっててよ。契約を結んでる内通者が品物を流してくれてるのさ」


ここに出口へ通じる道があれば話は早かったのだが、当ては外れたようだ。


「その、帝都の外に出る道はないのか?」

「帝都の外ぉ?どうしてまた?」


帝都の外と聞くと先ほどまで上機嫌だった男たちの表情が曇った。


「俺には合わなくちゃならない人がいてな、【マリク・スタローン】というらしいんだがソイツは帝都の外にいるらしい」

「…悪いが帝都の外に出るなんてあきらめた方がいい。死にたくなけりゃな」

「どういう、意味だ?」

「この地下水道には主がいる。元は貴族がペットで買っていた外国の魔物だ。それが地下水道に放流され、下水道から流れてくる過剰な栄養素を取り込みまくってバケモンになってやがる」


よほどそのバケモンとやらには煮え湯を飲まされているのか、イライラした様子で酒を喉に流し込む男。


「悪いことは言わねえ、諦めてここで暮らした方がマシだ。…オイマスター、エールまだか!?!」


これ以上は男たちの気分を害するだけだろうと察した浩也はそれ以上帝都を出る話をするのをやめた。

だが、何と言われようが、浩也は元の世界に帰ると心に決めている。だが、魔物と聞いて臆さないわけではない。自分よりも図体がデカいだろう魔物、どうにかならないだろうか。

黙りこくった浩也とは裏腹に、背中の刺青はうずき始めていた。


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