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第弐話 帝立中央魔道学院

テルモンドへの身柄引き渡しの際、首筋に麻酔のようなものを打たれ浩也は意識を失わされていた。再度目を覚ました時は既に帝立中央魔道学院内、その地下にいた。

石造りの地下室には光がとおらず、苔の蒸したようなにおいが鼻を刺す。

手足は拘束されうつぶせのまま身動きをとることもできない。口には枷がはめられ、言葉を発することもできない。

と、そこへ十人弱ほど学者らしき人物たちが入ってきた。種族はまばらだが、みな一様に分厚い紋章学の本を持っている。


「学長、これが件の…!?」

「ああ、紋章学の歴史を変えてしまう。私はそう考えておる」

「早く学長、見せてください!」


浩也の刺青を見たいとせかす学者たちと誇らしげなテルモンド。彼らはみな一様に浩也の刺青を空前絶後の紋章だと思い込んでいるのである。テルモンドはわざとらしく咳ばらいをして浩也にかぶさっている黒布をとった。

同時に巻き起こる学者たちの歓声と拍手。浩也の刺青をまるで宝箱でもみているかのように喜んでいる。

さすがに自分の刺青が紋章というものに誤解されこの状況に至ったことは浩也も承知だった。それゆえに自分の仁義に生きるものとして決意をもって彫った刺青を見てはしゃぐ連中のことは滑稽に映ると同時にシャクでもあった。思わず拘束されている両手に力が入る。


「なんということだ…!こんなに美しい紋章がこの世にあったなんて…!」

「素晴らしい!同じ時代に生きていることが奇跡だ!」

「学長、奴隷オークションをずっと張っていてよかったですね!」

「ほっほっほっ、紋章持ち奴隷がいつか手に入ればと思ってずっと見張っていたがこんな掘り出し物が見つかるとはな」

「ええ、紋章持ちは常に特権階級ばかり。お家つぶしでもない限り研究は進みませんでしたからな」


テルモンドの口ぶりからしても浩也の存在はまさに行幸。思っていた以上の成果が急に舞い降りてきたのだろう。


「すごい、本当に見たことがない…もはやこれは紋章というよりも絵画ではないか?」

(モンショーじゃなくて刺青なんだっての…)


自身の刺青で交わされる謎の紋章談義、浩也はこれから先のことを考えるとため息しかでなかった。

そもそも自分は本来あの埠頭で人生すべてを擲つつもりだった、それがどうして生きたまま学者連中の研究対象になどなっているのか。

そこからしばらくの間、浩也は抵抗もできずされるがまま、研究者たちに体の隅々まで触診を受けた。

途中映写魔法だかなんだかによって体も紙に転写された。よほど浩也の刺青がお気に召した様子でそろいもそろって学者たちは上機嫌である。

だが、ため息を漏らす学者も中にはいた。


「これが奴隷階級について居るのが残念で仕方ない…!よりにもよって純血種の人間に…!」

「これマルコ君!学院長の前だ、そういった発言は控えなさい!」


オークションの時から思っていたがこの世界では人間というのは見下されているものらしい。檻の中にいた時、数々の種族の奴隷を見たが人間はほかの種族よりも貧相な体をしていた。同じ奴隷にあてがわれる食事でもまっとうなものを与えられていない様子だった。

学者連中もこの刺青が()()の俺にあるのがよほど不満らしい。


「しかしこれほどの紋章、本当に奴隷なのですか?名誉信徒の方々でもこれほどくっきりと表れたものは見たことないですよ…」

「純血種の人間にしては豊かな肉体をしているところをみても、相当な身分の者だったのでは?それこそ下手すりゃ隣国の王族だったり…!」

「馬鹿を言うな、帝立オークションだぞ。奴隷の出先なんかはハッキリしたものしか出てこない。学院長、そうですよね」


テラモンドの手には奴隷の血統書があった。紋章持ちの奴隷ともなると奴隷に身を落とすまでの過程は特殊。面倒ごとを避けるためにもその保障となる血統書が発行されるものである。

だが浩也はこの世界の人間ではない。血統書には何とかして稼ぎたいエルフの奴隷商人が必死に頭をひねり出して書いた出鱈目の出生が書いてあった。

テラモンドは血統書に目を通すとその内容を鼻で笑い、自身の紋章学の書へと挟み込んだ。


「ああ、大丈夫じゃ。こいつを奴隷として扱うことに何も問題はない。じゃがの、仮にも一千億プルヘンつぎ込んで手に入れた至高の研究材料じゃ。ぞんざいに扱うことはしないように、特にマルコ君」

「…はい」


テラモンドはマルコの差別的な発言に対しひどく苦々しく感じた様子で、くぎを刺す語調はかなり強かった。それもそのはず、浩也の目からみても学院長は浩也と同じ()()だったのである。どうして虐げられる身分にあるだろう人間がこの学院で頂点に立っているのかはわからないが、マルコはそのことにも不服なのか、テラモンドの忠告には納得していない様子。


悪い空気を感じとった学者の一人が切り出す。


「学院長、この奴隷の紋章なのですが…誰が見ても魚を模したと思われる紋様…聖レヴィン公の紋章の一種ではないかと」


ここでこの国に広く根差している紋章学という学問について知っておく必要がある。紋章学とは言うのは先述の通り、種族を問わず一部の個体の体の一部に現れる「聖痕」の上位種ともいうべき「紋章」について研究する学問である。紋章は別名「聖人の血脈」とも呼ばれ、かつてこの世界を救った十二人の賢人、十二聖の血をひく者の身にのみ現れる現象といわれている。紋章には各賢人の特徴・個性が顕著に表れ、その各賢人ごとに適性のある魔法が決定づけられる…とされているのである。


「聖レヴィン公…氷の賢人に数え上げられ、魚人の血を引いていたと呼ばれていますな。彼の血族の紋章には確かにひれのようなパーツが多く見受けられますが…」


ただ、紋章がくっきりと浮き出ることなど稀、基本は鑑定士による魔力鑑定と合わせて紋章が判断される。


「聖レヴィン様の紋章だとすればやはり氷魔法に適性が…?」

「やはり一度魔力鑑定にかけなければ判断できませんな」


これまで現代日本で暮らしてきた浩也にはちんぷんかんぷんな話がずっと繰り広げられてきたが、魔力という概念ぐらいはわかる。おそらく自分にそんなものは備わっていないだろう。

だがこの学者たちは俺に常識外れの額をかけたはずだ、それなのに俺が持っているのは本当はモンショーとやらではなく魔力も備わっていない。それがばれたら…

不穏な空気を感じ取る。このままだとまずいかもしれない。

と、浩也が冷や汗をかいていると、テルモンドが学者たちを制した。


「まあ待ちなさい、今日は君たちへの奴隷のお披露目。下手に奴隷に負荷をかけて死なれても困るからな、今晩ぐらいは彼にも楽にさせてやりなさい。確か学生寮にはまだ空きがあったはずだ、一部屋貸してやれ」


奴隷に一部屋与えるなど破格の待遇。だがその奴隷には信じられないほどの額が注がれている。誰ひとりテラモンドの命令に反発する者はいなかった。

すぐに使いの者が部屋を出ていき、学者たちもテラモンドに促されるままに退室していった。

部屋には浩也とテルモンドの二人だけになり、テルモンドの手により拘束具が外された。なんとか命拾いしたと浩也は胸をなでおろす。


「純血種の人間同士、奴隷として扱うのは少々心が痛むがわかってくれよ。君は我々にとっての悲願だ」


テルモンドは口では浩也のご機嫌を取るような発言をしているが、口角は上がっており、言葉通りではない感情だと一目でわかる。


(豚野郎が…)


「さて、奴隷の君よ。今晩くらいは楽にしてもらっても構わないが万が一にも逃げ出されたら困るのでね。【黒の縛呪(二グラム・トーケ)】」


テラモンドが浩也の胸に魔力を注ぎ込むと浩也の胸部には黒い紋様が刻まれた。蛇にも鎖にも見えるその模様に触れると胸を刺すような痛みが走る。


「君の魂に呪いをかけた、この学院から脱げだそうとすれば命はないぞ」


喉元にナイフを突きつけられたような気分だった。

一度死んだ上に研究室のモルモット、浩也の気分は最悪だった。



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