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第壱話 転生

「兄弟、覚悟はいいな」


指定暴力団体黒田親忠会。その二次団体である青木組に所属する若衆の二人は東京郊外の埠頭でコンテナの後ろに身を隠す。

その手には拳銃が握られていた。


「ああ、島田の組長を俺らがやれば親父のシノギを邪魔する連中はいなくなる。青木組の上納金が親忠会のデカい柱になって、晴れて組は直系昇格だ」

「俺たちが十年二十年ムショに入るだけで親父への恩返しができるんだ、躊躇う理由はないよな」


二人は青木組の組長にただならぬ恩義を感じている。彼らにとって自分の人生と引き換えに組長に恩を返せるならそこに躊躇なんてない。

そんな二人の視界に入ってくる黒いリムジン。


(来た……!)


ついにその時が来た。自らの命を賭してでも的を獲れれば目的達成。志を同じくする兄弟に目をやった。


(行くぞ、きょうだ…い…?)


だが、兄弟は拳銃を自分へとむけていた。


「悪いな、兄弟。」

「お前、何やってんだ…?」


これまで幾度と死線を超えてきた兄弟の突然の裏切りに言葉を失ってしまう。


「ヤクザの世界でてっぺん獲るには何が必要か知ってるか?兄弟」

「知るか!その拳銃を下ろせ!」


兄弟は拳銃の引き金にとうとう指をかけた。


「看板…つまりは評判だよ。外道であればあるほど周りはついてくる。ヤクザは黒く染まってなんぼなんだよ」

「何言ってんだ…やめるんだ!親父への恩返しはどうなる?!」

「____盃交わした兄弟と自分の親ぁ裏切った男。これ以上ない外道があるか?」


発砲。男は自らの兄弟の裏切りを止めることはかなわず、脳天を打ち抜かれ、その凶弾に倒れた。




*********************************************************************

開けた草原の道。あたりには何も無く、ただ行商路のみ。そこに退屈そうに馬車を引きながら一人のエルフの老人がやってきた。


「これもっと早く走らんか!納品に遅れてしまうだろ!」


と馬に鞭をふるおうとしたその時、道端にふしている男を見つけた。


「!?…なんじゃ、お前さん」


馬車から降りて駆け寄るがどうやら男に意識はない。男の体をペタペタと触り、人間だとわかると途端に上機嫌になった。


(ここで倒れているような人間、どうせまともな身分ではあるまい…!どうやら純血種のようだしオークションで金の足しになるやもしれん!意識がないうちに連れて行ってしまおう!)


エルフの老人は奴隷商人であった。今回の行商も先にエルフの傭兵たちが荒らした後の辺境の地で、人権のない種族を奴隷としてかき集めてきたところである。


「さてさて、こいつには聖痕はあるかの~?」


上機嫌に男の衣服をはがすエルフ。見慣れない衣服に勝手がわからず、結局脱がすのには失敗、服を破る。

さて、エルフが口にしていた()()だが、これがあるのとないのとでは奴隷としての価値が変わる。聖痕を生まれつき持つ奴隷はそれだけ魔力への才があるということになり、肉体労働としての奴隷ではなく、闘技奴隷や戦争奴隷などの戦力として買われるようになる。当然その分個体数は減り、価値も上がる。さらに数が少ない例として()()と呼ばれる聖痕の一種が認められることもあるがほとんどあってないようなもの。紋章を持つにはそれなりの血統が必要となるため、奴隷となるような身分ではまずありえない。


(それにしても随分と筋肉質な人間じゃのう…中古の奴隷で逃げ出してきたところなのか…?)

と筋肉を触りながら男を転がす。エルフは男の背中を見て言葉を失った。


(な、なんじゃこれは…?!わしには紋章学はわからんがそれでもこの紋章の異様さはわかる…!!)


男の背中には刺青で立派な鯉が描かれていた。鯉は滝を自らの力で登り切ったとき、龍と成り天を駆けるとの逸話が古くから日本では知られている。生前男のことを目にかけてくれていた彫り士がその逸話になぞらえ、男が極道世界で上り詰めることを願って彫ったものである。

だが、異世界のエルフにそんなことは知ったことではない。


(いや、これは紋章なのか…?!紋章といっても普通はたかが蚯蚓腫れ程度の模様なのが一般的。ここまでくっきりとその様を見れるものなど聞いたことがない…!!それに、これは魚?魚といえば聖レヴィンの紋章…なのか…?!)


男の刺青はエルフの持っていた紋章の常識を一瞬で粉々にしてしまった。

男の異様さを不審には感じたものの、男の背中に無限の価値と可能性を感じたエルフはそそくさと男を荷台に詰め込み、帝都へと馬車を走らせた。


*********************************************************************

「さぁさぁ本日のビッグイベント!奴隷オークションの開催でございます!」


会場に響き渡る歓声。ここは帝都ムーラガルドの中央広場。古くから奴隷制の根付くこの世界では奴隷オークションは一つのビッグイベント。大陸中から質のいい奴隷を買いたたこうと豪族貴族たちが集まる。


「おい、あれミートル王国の王女様だぜ!」

「おいおいあっちは王帝国家騎士団の騎士団長様まで!」


ありとあらゆる権力者たちが外聞も気にせず集まる、帝都ムーラガルドはそうやって栄えた街なのである。


「本日の奴隷の入場です!今回も良質な奴隷が目白押し!

 1番、奴隷農場ピルハーブからウルフの半獣人(ハーフビースト)!なんとこいつはウルフの血を引きながらも聖マクレーの聖痕持ち!闘技の駒に使ってよし、奴隷兵として使ってよし、もちろんウルフなので狩りに使ってもよし!さぁさぁこの万能奴隷を手にするのはどこのどいつだぁぁぁぁ?!」


広場中央の櫓に磔にされて並べられていく奴隷たち。奴隷が出てくるたびにやじ馬たちは雄たけびを上げ自らの金を次々とつぎ込んでいく。誰一人として奴隷の人権などに口出しをするものなどいない。それが当然それが常識。彼らにとって奴隷はただの道具でしかない。

*********************************************************************


中央広場舞台裏、そこにはこれから先のオークションで出品される奴隷百余体が檻に詰め込まれ並べられていた。その中に、男、閑谷浩也はいた。つい先ほど目を覚ましたばかりで全く状況は読み込めていない。最後に見た記憶は盃を交わした兄弟に向けられた銃口。理解もできぬまま絶命し、目を覚ませば檻の中。そして同じ檻の中には見たことのない生物たち。自分の生死の所在すらわかっていないのだ。状況を知ろうという気すら起こらずただ壁にもたれかかってうつむいていた。


「よう兄ちゃん、あんた凄いな、今日の目玉らしいじゃねえか」


話しかけてきたのは豚人(オーク)の男。豚人は浩也の返答を待たず隣に腰かけた。


「俺ももう二桁は奴隷として転々としてきたがあんたみたいなやつは珍しい。だって入札が二億プルヘンからだぜ、あんた没落貴族かなんかなのかい?」


豚人の体にはあちこち鞭で打たれたような痕跡が残っており、豚人の証言が真実であることが浩也にも分かった。


(奴隷?貴族?なにがなんだかわからないし、それ以前になんでこいつは人の言葉が話せる…?)


浩也は豚人を無視した。


「つれないねえ、兄ちゃん。どうせこれから先楽しいことなんかないんだし、唯一奴隷でなくいられる今を楽しもうじゃんかよ!あんた紋章もちなんだろ?見せてくれよ」


しつこく話しかけてくる豚人を完全に拒絶する意味で浩也は豚人に背を向けた。浩也にとっては背中の刺青は極道の証、日本ではこれをみせれば近づいてくるものなどいなかった。だが、ここは異世界。浩也の刺青は本来持つ以上の意味を持っていた。


「なっ…?!なんだ…こりゃぁ…?!兄ちゃん、あんたほんとに何者なんだい?!」


浩也の刺青は豚人だけでなく檻の中にいる奴隷たち全員を一斉にざわめかせた。これまで見たことも聞いたこともない模様、一斉に浩也の周りを奴隷が取り囲んだ。


「あんた、本当に奴隷なのか?!」

「一体それは何の紋章なんだ?!」


だがそのいずれにも浩也は回答を持っておらず、きっぱりと無言を貫いた。

*********************************************************************


「さぁいよいよ本日の目玉!喉から手が出るほど欲しい紋章持ちの奴隷だぁぁぁぁぁぁぁ!!」


ついに浩也がオークションにかけられる番。紋章持ちという情報が出された途端会場の盛り上がりは最高潮に達する。基本入札二億プルヘン、軽い地方都市予算ばりの額がその価値を物語っていた。

徐々にせりあがる床から姿を現していく磔の浩也。自暴自棄になっている彼は無抵抗で受け入れている。


「102番、純血種の人間(ヒューマン)で紋章持ち!ただでさえレアな奴隷ですが今回はわけが違う、さぁさぁ刮目せよ!これが今回の奴隷の紋章だぁぁぁぁぁぁぁ!!」


スタッフが浩也の磔の台を回転させ、ついに背中の刺青を公開した。

その瞬間先ほどまで豪雨の如く響いていた歓声が一瞬にして静まり返った。


(俺の刺青が何だってんだよ…)


「なんだ…あの紋章は…」

「美しい…あんな紋章が存在するというのか…?」

「!?あれは、おい!なんとしてでもあの奴隷を買いたたくぞ!」


一瞬の静寂ののちこれまでで一番の盛り上がり。参加者という参加者が一気にオークショニアに詰め寄り荒波が起きる。


「二億三千万!」

「四億!」

「八億だ!」


額が一瞬にして次々と塗り替えられていく。ムールガルドのオークションの歴史にも一度もなかった光景であった。そんな人々の叫び声が飛び交う中、ある一声がすべてをかき消した。


「百億!」

「えっ?」

「百億プルヘンで買うと言っているんだよ」


百億プルヘン、それはもう国家事業レベルの額である。一斉に入札者の方を振り向く観衆、そこに立っていたのは帝立中央魔道学院学長【テルモンド】の姿があった。


「学長、さすがにおふざけが過ぎますよ。あそこまでの紋章持ち、一人で奴隷兵団並みの戦力になるはず。……あんたみたいな老いぼれが知識欲の対象にしたんじゃ持て余すんだよ」


詰め寄るのは隣国アルムハイムの王子。王子の発現を皮切りに一斉に不満が爆発。帝国一の学院とはいえ一千億などそう簡単に出せる額ではない。冷やかしだのなんだのヤジを飛ばす流れが巻き起こる。


だが、それを一蹴。


「黙れ下郎が!紋章学は国学、あれほどまでの紋章研究の糧とせねば何年紋章学の発展が滞るものか…」


テルモンドの気迫にたじろぐ王子。一気に空気がピリツキ静まり返る。


「そしてお前たち観衆もだ。額で負けたのだから黙って引き下がれこの痴れ者どもが!」


「えっ…えーっ…はい!ただいまの奴隷はテルモンド様が百億プルヘンでの落札です!」


その様子を浩也は冷めた目でみつめていた。群衆が弱者を買いたたく、生前シノギにしていた裏競りに光景が重なっていた。あの時泣き叫びボランティア慈善団体に【落札】されていった者たち、それと今の自分は同じだ。

状況に一応の理解を示し、事態をしぶしぶ受け入れた浩也は静観を決め込んでいたのだ。もうこうなったからには足掻いてもどうにもならないことを浩也はだれよりも知っていた。極道とはそういう世界なのだから。


奴隷オークションは大混乱のまま幕を閉じた。

突如として現れた前代未聞の未発見の紋章を持つ奴隷。そしてそれを史上最高額で買いたたいた魔道学院。その噂は一夜にして全世界へと広まった。

もうこの瞬間から、世界の歴史は変わり始めていたのである。


そんなことを知る由もない浩也はされるがまま、無抵抗なままに拘束具を付けなおされ、テルモンドのもとへと引き渡されていた。


(確か裏競りで買われた連中は擦り切れるまで無給で働かされたんだったか。これからの俺と大差ないだろうな…)


学院へ向かう牛車の中、これからのことを想うと憂鬱でタバコを吸いたくなる。ズボンをまさぐりまさぐり、そのまま横になった。

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