04 過去と本性
「いやあ、俺としたことが、浅井に知らせるのを忘れてた。悪いな」
さほど反省していなさそうに、米田が謝る。話しながらも彼の手はせわしなく動き、麻雀の牌を卓上に並べていった。
「でも、やっぱり麻雀をするなら四人の方がいいだろ。この辺に住んでて麻雀のルールを知ってそうな奴を探したところ、彼女に白羽の矢が立ったというわけさ」
小説を書いている僕を意識してか、米田はたまに捻った言い回しを使おうとする。まあ、彼がどんなレトリックを用いるかは正直どうでもいい。僕が今日ここに来たのは、米田のくだらないお喋りに付き合うためでも、桐木と再会を喜び合うためでもないはずだ。
「一色さん、これ」
トートバッグから取り出した紙の束を、彼女へ手渡す。会釈してそれを受け取り、一色さんは最初の一ページ目に視線を向けた。
プロローグはかなり気合を入れて書いたつもりだ。しばらくして顔を上げ、彼女は僕へにっこり微笑んだ。
「冒頭から一気に引き込まれちゃいました。あとでじっくり読みますね」
「……ありがとう」
予想以上の高評価に、僕は内心ガッツポーズをしたいくらいだった。
米田が準備を整えたところで、ようやく麻雀が始まった。時折世間話を挟みながら、牌を持つ手を動かす。
「桐木さんはてっきり、千葉の方に行ってるんだと思ってたよ。家、意外と近かったんだね」
僕は素朴な疑問を口にした。
彼女とは高校一年、三年のときに同じクラスで、それなりに交流もあった。千葉にある看護学校を受ける、と周囲に話していた記憶があったのだが。
「悪かったね、第一志望に落ちて」
「……ご、ごめん」
藪をつついて蛇を出す、とはまさにこのことである。桐木は不機嫌になったのを隠そうともせず、僕を軽く睨みつけてきた。受験のことなんか口にするんじゃなかった、と激しく後悔する。
それで何となく気まずい雰囲気になってしまって、会話の頻度は激減した。たまに「ポン」「チー」と呟く声が飛ぶくらいだった。
四人の実力は拮抗していて、勝負自体はかなり白熱した。点数的にも大差はなかった。
けれども麻雀の最中、桐木はほとんど笑顔を見せなかった。
米田宅を辞去し、僕と桐木は駅へ向かっていた。
駅へと続くのは、線路沿いの人気のない一本道。二人分の足跡だけが響いていた。
「……桐木、ごめん」
しばしの沈黙を破り、僕は頭を下げた。申し訳なさすぎて、彼女の顔を直視できなかった。
「僕のせいだ。僕がデリカシーのないことを言ったから、今日はあまり楽しめなかったと思う。本当にすまない」
「馬鹿。あんたのせいじゃないよ」
そっぽを向き、桐木がぶっきらぼうに言う。その声に、僕は恐る恐る顔を上げた。
気持ちを偽ったり、僕に遠慮したりしている風ではなかった。第一、桐木結愛はそういうことをする人間ではない。高校の頃から、思ったことをストレートに言うタイプだった。
「……米田のせいだ」
「あいつのせい?」
予期せぬ言葉に、僕は足を止めた。彼女が何を言おうとしているのか、本当に分からなかったのだ。
「米田が何をしたっていうんだよ。あいつはただ、一色さんと仲良く過ごしてただけじゃないか」
「それが問題なんだよっ」
声を荒げた桐木の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「あんたは知らなかったかもしれないけどさ……あたしは高校の頃、米田と付き合ってたんだ」
いかがだったでしょうか。
まだ序盤ではありますが、結構スリリングな展開になっているのではないかと思います。これからも少しずつ米田の正体が暴かれていきますので、次回以降も読んでいただけると嬉しいです。