03 思わぬ再会
「あ、そういや」
やや唐突に、米田がポンと手を叩く。彼は既に昼食を終えていた。
「浅井は小説を書いてるんだったよな」
「そうだけど」
戸惑い気味に返すと、彼は遥の方を向いて言った。
「バリバリの理系で工学部のくせに、作家志望だなんて変な奴だろ」
「……直樹君、浅井さんに失礼だよ」
キッチンから顔を覗かせて、少し困ったように一色さんは笑った。僕たちの双方へ気を遣っていることが分かる。
洗い物を彼女一人に任せている米田の態度は、いかがなものかと思う。だが、それを指摘しても雰囲気を悪くするだけだ。
ともかく、僕が小説を書いているのは事実だ。高校のときはテニス部と文芸部を兼部していて、大学に進んだ現在も文芸サークルで活動している。
もっとも、「理系は小説なんか書かない」というのは偏見も甚だしい。とある有名な推理小説家だって、理系の学部を卒業していると聞く。
「聞いてるか、浅井」
「あっ、ごめん。何?」
考え事をしていて聞き逃したらしい。慌てて意識を現実へ引き戻すと、米田は迷惑そうな顔をして繰り返した。
「だからさ、遥がお前の小説を読みたいって」
「……へっ?」
思わず問い返す。一色さんは刹那、恥ずかしそうに目を伏せた。
「私も、本を読むのが好きで。……それで、浅井さんの小説も、拝読してみたいなって。もちろん、ご迷惑でしたら構いませんけど」
非常に礼儀正しい話し方に、僕はちょっとした感銘さえ受けていたかもしれない。大学に入り、同年代の女性とは多く知り合っているが、彼女ほど礼節をわきまえた人にはまだ巡り会っていない。
「いえ、全然そんなことはないです。今度、印刷したものを持って来ますね」
それに、読者を獲得できる貴重なチャンスでもあった。投稿サイトに自作を載せたりもしているけれど、文芸サークルの部員以外で、身近な読者を得るのは案外難しいのだ。
「ありがとうございます」
嬉しそうに微笑む一色さんを見ていると、何だか僕の方まで気分が高揚してきた。
意識的にせよ、無意識的にせよ、このとき僕は「また今度会おう」という約束を取りつけてしまった。そしてそれは、「小説の続きを読みたい」だとか類似した要望を受け、不定期に継続される可能性をもつ約束だった。
幸か不幸か、あのときの僕はそんなことをちっとも考えていなかった。
話題が尽きかけた折、米田が部屋の隅から何かを引っ張り出してきた。箱に詰められた牌をテーブルに置き、手早く並べ始める。
「麻雀?」
「ああ」
尋ねると、彼はすぐに頷いた。
やり方はサークルの先輩から教わったことがある。その後数時間、僕は初心者なりに健闘した。
米田から教わったのか、一色さんもなかなかの腕前だった。
二週間後、僕はまた米田の家に呼ばれた。
要件はもちろん、一色さんに頼まれた小説を渡すためである。二万字弱、やや短めのSF小説。気に入ってくれるだろうか、と少し心配だ。
「お邪魔します」
前回同様に家のドアを開けると、この間はいなかったはずの人物が視界に入った。
「……あれ、もしかして来客中だった?」
出直そうかと考え始めた僕へ、その人影は振り返った。うんざりしたようにこちらを眺め、ため息すら漏らす。
「違うって。あたしも呼ばれたんだよ」
高校時代とほとんど変わらぬ、ボーイッシュなショートヘア。勝気そうな瞳。
同窓会を欠席した桐木結愛とは、約二年ぶりの再会だった。
余談ですが、今回の話に登場した「推理小説家」とは、東野圭吾さんのことです。僕が一番リスペクトし、文体を真似ている作家でもあります。
さて、主人公に続き、二人目の訪問者も現れました。米田の性格の悪さも見えてきたかと思います。ここから徐々に物語の核心へ迫っていきますので、お楽しみに。