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21 誤解

 幸い、受話器が伝える音声までは一色さんに聞こえていない。

 僕は素早く考えをまとめようとしたが、出てくるのは疑問ばかりだった。


 第一に不可解だったのは、何故桐木が僕の住むアパートを知っているのか、ということだ。今までに家へ招いたことはないし、住所を教えたこともない。

 そして第二に、どうして今日この時間に僕を訪ねてきたのか。よりによって、一色さんが来て大変な状況になっているときに。


 宅配便であったならば、すぐに応対しただろう。けれども、今桐木に家の中を見られるのはまずい。一色さんがいることに気づけば、彼女がどう思うか分からないからだ。

 どう対応すべきか咄嗟に判断できず、僕は受話器を手にしたまま固まってしまった。きっと、一色さんには挙動不審だと思われただろう。


『留守なのかな』

 受話器から、桐木の独り言が聞こえた。


 僕と一色さんの関係を誤解されるという、最悪の事態は免れたらしい。ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間で、彼女の言葉には続きがあった。

『……あれ? 鍵、かかってないんだ』



 おそるおそる、といった感じで、ドアノブが回されていく。もしかしたら中にいるのかもしれない、との淡い期待を込めているのだろう。

 普通なら扉は開かず、桐木は「やっぱりそうなるよね」と肩を落として帰って行ったはずだ。だが、今日に限って僕は迂闊だった。一色さんについて考えることが多すぎて、戸締りを忘れていたのだ。


 まずい、と思ったけれど、間に合わなかった。

 一色さんが何か叫んだような気もしたけれど、上手く聞き取れなかった。そちらへ意識が向いていなかった。


 ドアを開けた桐木は、呆然と立ち尽くしている僕を見た。

 それから、部屋の奥にいる一色さんを見た。バスタオル一枚に体を包んだ、裸同然の彼女を見た。


「……え?」

 手にしていた、小さな紙袋を落としたのにも気づかない。

 桐木の顔からは血の気が引いていた。ショックを受けたように、僕たち二人を見つめている。



「違うんだ、桐木さん。これは……」

 手を顔の前で振り、大げさに否定のジェスチャーをする。僕は慌てて、事情を説明しようとした。

 しかし、それよりも一色さんの方が早く動いた。


「あーあ、ついてないですね。浅井さん一人ならともかく、もう一人証人がいるなら話は別です。今日のところは引き上げましょう」

 肩をすくめ、バスタオルを払い除ける。惜しみなく白い肌を晒した彼女から、僕は目を逸らした。


「それじゃ、さようなら。もう会うことはないかもしれないですね」

 不機嫌そうな表情のまま、雨でびしょ濡れになった服を手早く着ていく。状況を把握できていない桐木の脇をすり抜け、一色さんは僕の部屋を出て行った。

 嵐が過ぎ去った後のようで、急に虚脱感に襲われる。



 桐木の訪問は、僕にとって予想外だった。だが同時に、一色さんにとっても想定外のアクシデントだったに違いない。

 僕が桐木の来ることを知らなかったと、彼女は解釈しなかったのだろう。前々から会う約束をしていて、タイミング悪く一色さんと出くわしてしまった、と思ったのではないか。


 目撃者が僕一人ではなく、桐木もそこに加われば、一色さんの作り話を米田が信じる確率は下がる。僕らが結託し、自分を訴えでもしたら厄介だ、と考えたのだろう。そして、状況の不利を悟って退却した。


 多分、今後また一色さんが訪ねて来ることはないのではないか。あるいは、僕とは別の男性を見つけて、同様の作戦を決行するつもりかもしれない。彼女ほどの美貌ならば、いくらでも男性の誘惑のしようはある。



 ともかく最大の困難は去ったけれども、一難去ってまた一難という感じだ。

 靴を脱いで家に上がり、桐木は僕を問い詰めた。


「あんた、何やってんのよ。まさか、あの人とそういう関係だったなんて」

「違うんだ。少し落ち着いて、僕の話を聞いてくれ」


 泣きそうな顔で、しかし物凄い剣幕で迫ってくる彼女を、僕はどうにかなだめることに成功した。それから、一色さんとの一部始終を話した。

 ベッドに並んで腰かけ、桐木は時折頷きながら、僕の話に耳を傾けてくれた。全てを語り終えると、彼女は長いため息をついた。


「……そうだったんだ」

 目を伏せ、数分前の出来事を回想する。記憶にあったより睫毛が長いんだな、と僕はそのとき気づいた。


「さっき、一色さんが着替えてたときに、足が見えた。確かに浅井が言った通り、絵の具が滲んだみたいな妙な跡があったよ。誤解してごめん」

「いや、桐木は悪くないよ。あの状況なら、誰だってそう思うさ」

 僕は首を振った。

「ところで、こっちも聞きたいことがある。何で僕の家を知っていたの?」

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