表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/23

02 訪問

 控えめにドアを二度ノックし、手前に引いて開ける。

「お邪魔します」


 まず目に飛び込んできたのは、長い廊下。その先に、ソファベッドと本棚が置かれたリビングらしき空間がある。


「おう、いらっしゃい」

 米田はソファに腰かけ、のんびりとテレビを見ていたところだった。首だけをこちらに向けて、軽く手を振ってくる。


 親友の元へ駆け寄ろうとしたのだが、廊下の右方から漂ってくる良い匂いが気になった。ついついそちらへ視線を向けると、髪をポニーテールにした小柄な女性が、一人でキッチンに立っている。

 僕に気がつくと、彼女は野菜を切る手を止め、遠慮がちに微笑んだ。


「……一色遥。俺の彼女だ」

 リビングから米田の解説が飛んでくると同タイミングで、遥はぺこりと頭を下げた。礼儀正しく、優しそうな人だなという第一印象を受ける。



 進められるがままにソファに腰を下ろし、僕は改めて室内を見回した。一階にはキッチンとリビング、 さらに梯子を上った先にはロフトがあり、ベッドが置かれている。都内に僕が借りている学生マンションと比べると、倍近い面積があるのではないだろうか。


「随分広いんだね」

「まあな」

 意味ありげに笑う彼を見ていると、何となく察した。


 おそらく、異性を家に呼ぶことを念頭に置き、都合のよい物件を探した結果なのだろう。二人で住めなくはない広さだし、一階のソファベッドとロフトのベッド、寝られる場所も二か所に用意されている。

 色男、米田直樹のやりそうなことである。


「浅井、このアニメ知ってるか。面白いぜ」

 当の本人は僕の邪推などいざ知らず、テレビ画面に釘付けになっている。彼が見ているのは、週刊コミック誌で連載中の人気漫画を原作としたアニメだった。僕はあまり詳しくないのだが、主人公が武闘家を目指して旅に出る、といった内容だったような気がする。


 適当に話を合わせながらそのアニメを見ていると、ふと違和感を覚えた。今の、この状況についてだ。

 米田はソファに座り、テレビを楽しんでいる。一方で、彼女の一色さんは料理を頑張っている。

 一色さんがつくっているのは、彼女たち二人の昼食だろう。僕は食事を取ってから訪ねてきたけれども、二人は今から遅めの昼ご飯にするつもりらしい。


 家庭的な人を彼女にするのは良いことだ。しかし、家事を一色さんに任せきりにし、自分は何もしないというのはいかがなものか。いそいそと動き回る彼女をよそに、米田は手伝う素振りを見せなかった。



 ほどなくして、料理が出来上がる。運ばれてきたメニューは、親子丼と野菜炒め、それから味噌汁。微かに湯気を立てている純和風の食事は、どれも美味しそうに見えた。


「失礼、飯がまだだったんでね。いただきます」

 一応断りを入れてから、米田が親子丼をかき込む。一拍遅れて、一色さんも味噌汁の注がれたお椀を持ち上げ、そっと口元へ運んだ。

 鼻筋の通った、美しい顔立ち。優雅な所作と相まって、彼女は非常に魅力的な女性に見えた。


「……良い人を彼女にしたね」

 しみじみと呟くと、案の定彼らは照れ臭そうに笑った。米田が僕を一瞥し、また視線を一色さんへと戻す。


「紹介してなかったな。こいつは俺の高校の同期で、浅井凌っていうんだ。地味だけど、すげえ良い奴なんだぜ」

「一言多いよ」

 苦笑しつつ、僕は一応訂正を入れた。


 けれども、米田の紹介の仕方も間違ってはいない。これといって特徴のない平凡な顔立ちに、やや角ばったデザインの眼鏡。中肉中背で、特に体格が良いわけでもない。少なくともルックスにおいて、僕にはさほど男性的な魅力がないのかもしれない。

 男同士のノリにちょっぴり困ったように笑ってから、一色さんが会釈する。


「初めまして、一色遥と言います。米田さんとは同じ大学で、演劇を専攻しています。よろしくお願いします」

 花開かんとする蕾のような儚さと可憐さを、その所作は内包していた。

 米田の前でなければ、見とれていたかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ