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14 食事と回想

 僕と桐木は、都内にあるイタリアンの店に来ていた。


 二人掛けの席に座り、桐木がカルボナーラを頼む。メニューをほとんど見ていない様子から、何度かこの店に来たことがあるのだなと推察する。内装がお洒落で、隠れ家的な名店のように思われた。

 こういう店に来ることはあまりないので、何を頼んでいいか分からない。迷った末、僕も彼女と同じものを注文した。


 何故、僕たちがディナーを共にしているのか。別に僕から誘ったわけではない。彼女の方から声を掛けてきたのだ。

 何でも、この間のお礼をちゃんとしたいらしい。ああ見えて、桐木には意外と義理堅いところがある。


「会計はあたしが多めに払うからさ。遠慮せず、どんどん食べなよ」


 全額奢る、とまでは言わないのは、僕を異性として一応尊重してくれているからか。女の子と食事をして奢ってもらうなんて、男性側からすればプライドが傷つくかもしれないと考えたのだろう。

 けれども、彼女はまだ男性心理を把握し切れていない。デートらしきことをする際に費用を多めに負担するのは、男としての義務だ。少なくとも僕はそう思っている。


「いや、僕が払うよ。桐木さんがどうしても嫌だっていうなら、せめて割り勘にしよう」

「でも、それじゃお礼の意味がないじゃん」


 不服そうな表情の彼女に、僕は笑いかけた。

「この店を教えてもらえただけでも、十分すぎるくらいだよ。雰囲気が気に入ったから、いつかまた来ようと思う」

「そう? ……なら、いいけど」

 渋々ながら桐木が頷いたとき、料理が運ばれてきた。



 フォークにスパゲッティを巻き付け、口へ運びながら、僕たちは色々な話をした。

「その後、一色さんたちとは何かあったの?」

 水の注がれたコップから唇を離し、桐木が問う。あえて米田の名前を出さないのが、彼を嫌悪している証拠だ。


「別に何も」

「……浅井、あんた嘘ついてるでしょ」

 呆れ顔でじっと見つめられ、僕はむせそうになった。


「どうして分かるんだよ」

「分かるよ。あんた、昔から嘘が下手だったし」

 束の間表情を和ませ、桐木の視線は虚空をさまよった。彼女が言わんとしていることは、僕にもしっかりと伝わっていた。



 あれは、高校一年のときのバレンタインデーのことだった。

 僕は桐木からチョコを貰ったのだが、そのことについてクラスメイトから探りを入れられたのだ。「貰っていない」と答えたのだけれど、何故かあっさりバレてしまったことを覚えている。

 考えていることが顔に出やすいタイプなのだろうか。もしそうなら直さなければ、と反省する。


「あたし、あのとき恥ずかしくて死にそうだったんだからね。あんたみたいな地味な奴にチョコをあげたことが噂になって、『男を見る目がない』だの散々言われたんだから」

 頬を微かに赤く染めて、桐木が呟く。


 僕はそんな噂を耳にした記憶がないのだが、彼女の方が広い人間関係を持っていたということだろう。友人の数も、僕なんかよりずっと多かった。そこから入ってくる情報量も、比較にならないのかもしれない。


「そんなに嫌だったんなら、最初から渡さなきゃ良かったじゃないか」

 何とはなしに言い返し、今のはまずかったか、と慌てて口をつぐむ。反応を見ると、桐木は表情をやや強張らせていた。軽いショックを受けているようにも見えた。


「……しょうがないでしょ。渡したかったんだから」 

 しかし、それは刹那のことだった。首を振り、困ったように微笑を浮かべる。



 桐木が笑うところを見るのは久しぶりかもしれない、とふと思う。

 米田の家に集まったとき、帰り道で彼女は涙を流していた。居酒屋に入っては、自暴自棄になったように酒に溺れていた。


 この間電話で話したときは、悲しそうな様子ではなかった。けれども、僕がまた米田を訪ねていったことを快く思っている風でもなかった。

 大学生になって再会してからの桐木は、総じて機嫌が悪そうに見えるときが多かった。米田のことでいつも腹を立てていた。昔のことを思い出した今は、幸せそうに見えた。


(……いや、そうじゃないかもしれない)


 もしかすると高校のときだって、彼女にとって楽しいことばかりではなかったのかもしれない。僕と桐木ではクラスで所属していたグループが違うし、住んでいる世界も違う。きっと、僕には見えていないものが見えていたんだろう。そして、それゆえに苦しんだ経験もあるのだろう。



 そういえば、あのバレンタインデーの日、桐木が異性にチョコを配っているところはほとんど見かけなかった。

 僕に渡しに来たときだって、ひどくこそこそしていた。わざわざ教室の隅まで引っ張ってきて、そこで小さな紙袋を渡されたのだ。まるで違法ドラッグの受け渡し現場みたいで、ちょっとおかしかったのを覚えている。


「はい、これ」

 それだけ言って包みを手渡し、桐木は素っ気なく立ち去った。何となくいけないことをしたような気がして、僕はそれを急いで鞄の中へ隠した。


 文化祭の実行委員を二人でやり遂げたのは、バレンタインデー当日から二、三か月ほど前のことだった。そのときのお礼としての、義理チョコだろうと思った。

 こんな昔のことをまだ覚えていてくれるなんて、彼女は案外、鋭い観察眼をもっているのかもしれない。

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