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12 単刀直入

「急にどうしたんだよ」

 事情を呑み込めない僕に、米田が早口で説明する。


「前に、俺が家に呼ぼうとしてた大学の先輩がいるだろ。あの人がさ、麻雀をやるのに人数が足りないから、お前も来いって言うんだ。断ろうとしたんだけど、どうしても無理だった」

「ちょっと待てよ。まだ会ってから二時間も経ってないじゃないか。ここでお開きにするなんて、中途半端すぎる」


 カップルのいちゃいちゃに付き合っただけで解散にされては、いよいよ僕が来た意味がない。池袋に来ることなんて普段はほとんどないから、パーっと気晴らしをしたいと思っていたのに。

 僕が難色を示すと、米田はうーんと唸った。それからポンと手を叩き、再び口を開く。


「じゃあ、こうしよう。俺は先に帰るけど、浅井は遥と一緒に過ごしてていいぜ。適当にこの辺りで遊んどいてくれ」

 それじゃ、と片手を挙げ、彼は足早に店を出て行ってしまった。急いでいるらしく、僕が言い返す暇もなかった。

 後に残された僕たちは、どちらからともなくお互いを見つめ合った。


「ええと……どうします?」

 考えた末に出てきたのは、間抜けな台詞だった。

「とりあえず、喫茶店にでも入りましょうか」

 困ったように微笑んで、一色さんは言った。



 別に、あのまま別れても良いはずだった。

 一色さんと一対一で話したことはあまりなく、したがって会話が続くかも分からない。気まずい時間に耐えるくらいなら、一人で過ごす方が楽だ。そう考えてしまうくらいには、僕は内向的な性格である。


 けれども僕は今、喫茶店のカウンター席に、一色さんと並んで座っている。ホットコーヒーのSサイズを注文し、それにミルクと砂糖を加えてかき混ぜている。

 提案を受け、カフェで一息つくことにしたのには二つ理由がある。


 一つには、前に米田の家を訪ねたとき、僕は一色さんが暴力を振るわれている可能性に気づいたからだ。推測が正しいかどうか、それとなく尋ねてみる絶好の機会である。



 もう一つは、僕は米田に舐められているのではないか、と卑屈な妄想を抱いたからだ。

 普通なら、自分の彼女を他の男の元へ預けたりなんてしないだろう。米田が僕に一色さんのことを任せたのは、僕のことを弱い男だと思っているからではないか。彼女に手を出す度胸もない、弱虫だと軽んじているのではないか。


 もちろん、一色さんに乱暴を働こうなどとは微塵も思っていない。いくら米田がひどい奴だとはいえ、他人の彼女を奪うような真似は倫理的に許されないし、何より僕の良心が許さない。

 しかし、米田に馬鹿にされているのではないか、と思うと、例えようもないほどの劣等感と屈辱を覚えるのも事実だった。意識的にせよ無意識的にせよ、僕は彼に反発した。


 そして、一色さんと一緒に時間を過ごすことを選んだ。



「……先ほどは、直樹君が失礼しました」

 コーヒーに口をつけるより先に、一色さんはぺこりと頭を下げた。彼氏の失態を、彼女は心から恥じているようだった。ポニーテールにした髪がゆらゆらと揺れる。


「あの人、麻雀が好きすぎて、声を掛けられたらすぐ飛んでいっちゃうんです」

「いえ、大丈夫ですよ。お構いなく」


 間近で見ると、一色さんはいつもに増して美しく見えた。さすがは、色男の米田が選んだ女性というだけある。

 会話が途切れそうになったので、何とはなしに聞いてみた。


「一色さんは、バーゲンで何か買われたんですか?」

「ええ、まあ」

 ちょっぴり頬を染めて、彼女は声をひそめた。


「その……夏用の水着を」

「……ああ、なるほど」


 一瞬硬直しかけたが、何とか持ち直し、僕は相槌を打った、自分でも何が「なるほど」なのかよく分からなかった。

 二人で買いに行っていたのは水着だったのか。それなら僕をのけ者にしたのも分かる気がする。

 恋人が水着を試着している姿なんて、たとえ友人にでも見せたくはないだろう。男なら誰しも、美しいものを独占したくなるものだ。



 だが、こうも考えられる。その購入した水着は、ひょっとして米田が自分の趣味で選んだのではないか。

 僕の推測は、外れてはいなかったらしい。


「……見ますか?」

 自嘲するように呟き、一色さんは手にした紙袋の口を少し広げた。中にあるものが僅かに見える。

 水着とはいっても、布面積はほとんど下着と変わらない。いや、それ以下かもしれない。中を覗けたのは刹那だったが、相当きわどいデザインであることは確かだった。


「そういうのが好きなんですね」

「違いますっ」


 冗談のつもりで言ったのだが、一色さんには真面目に受け取られたようだ。真っ赤になって首を横に振り、彼女は全力で否定した。

「……こんなの、とても人前で着れないです。直樹君に、遥にめっちゃ似合ってる、って押し切られて買っただけなんです。本当は私、こんなの着たくないのに」


 視線を落とし、一色さんの表情を憂いがよぎる。

「私は、直樹君だけのものでいたいんです。海水浴に行ったりして、他の人に見られたりするのは嫌」


 一途なんだな、と僕は感心した。同時に、あんな自分勝手な男がこんな素晴らしい女性に想われているなんて、世の中はなんて不公平なんだろうと思う。


「本当に好きなんですね、あいつのこと」

「はい」


 はにかんだように微笑む彼女に、僕はしかし、単刀直入に尋ねた。時間は限られている。聞くなら今しかないと思った。

「……あいつから暴力を振るわれているとしても、好きでいられますか?」

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