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11 百貨店とアクシデント

 あれから半月ほどが過ぎて、二月上旬になった折、僕はまたしても米田に呼び出されていた。


 僕は米田の人間性を疑い始めているし、今回は一色さんに渡すべき新作の小説もない。スランプに陥っていて、なかなか構想が思い浮かばないのだ。

 だから、断ろうと思えばできたはずだ。けれども一色さんの身を案じると、定期的に様子を見た方が良いのは確かだった。



 僕たち三人が集まったのは、池袋の百貨店。最初の行き先は、そこの八階にある寿司屋である。

 店の前にはかなりの行列ができていて、ここに並ぶのかと思うと気が遠くなりそうだった。入店には三十分はかかるに違いない。


 僕の心を読んだかのように、米田は笑って言った。

「ここの店は、安くて美味いから行列ができるんだ。でも、並んで待つだけのことはあるぜ」


 彼の話によると、一皿の値段が安い割にネタが大きいらしい。それならお得かもしれないと思い、僕は一応納得した。

 もっとも、池袋の飲食店はどこも軒並み高い。この店だってそれなりに値は張るのだ、と気づいたのは、入店後にメニューを見てからである。



 その店で食事を済ませてから、僕らはその百貨店の別館で行われている、バーゲンへと向かった。今回の目的はこれだった。

 売り場に入ると、やたら女性向けの衣服が目についた。一色さんを連れてきている米田はともかく、僕はお呼びでない場所のように感じられた。


 しばらくそこを見て回っていると、米田が僕を呼び寄せ、提案してきた。

「どうだろう。一時間弱、別行動にしてみないか。ほら、お互い、買いたいものや見たい売り場も違うだろうから」

「ああ、いいね」


 もっともらしく聞こえる台詞だけに、僕は深く考えずに承諾してしまった。後から思うと、米田がやけににやにやしていた気がしなくもない。



 別行動が決まった直後、米田は一色さんの腰へこれ見よがしに手を回した。そして、二人で婦人服売り場の方へ歩いて行ってしまった。

(……何が、「別行動にしてみないか」だよ。いちゃつきたいだけじゃないか)


 二人の後ろ姿を見送りながら、僕は心の中で悪態を吐いていた。そういうことをしたいのなら、二人だけで来ればいいのにと思う。一体何のために僕を呼んだのか。

(一色さんも大変だな。あんな奴に、四六時中付き添わなきゃならないなんて)


 辺りは女性用の服ばかりで、欲しいと思えるものはほとんどなかった。仕方なく、僕はエスカレーターで下の階へ行き、本屋で立ち読みをして時間を潰すことにした。

 好きな作家の最新作が出ていたので、ちょっとだけ機嫌を直した。



 約束の時間になった。僕たちは、バーゲン会場で再び合流した。

「いい買い物ができたよ」

 そう言いながら、米田は紙袋を掲げてにこにこしていた。隣では、一色さんが何故か恥ずかしそうに俯いている。

 何を買ったのだろう、との邪推はさておき、僕は愛想笑いで応じることにした。


「浅井は? 何を買ったんだ」

「大したものは買ってないよ。小物を何点かだけ」


 本当は小説を一冊購入しただけなのだが、「せっかくバーゲンに連れてきたのに、気に入ってもらえなかった」と解釈されるのも嫌だったので、さりげなく嘘をつく。僕の言葉を疑う素振りも見せず、米田はそうかと頷いた。



「まだ時間は早いな。カラオケにでも行こう」

 次なるプランを打ち出し、米田はさっそく百貨店を出ようとした。しかし、携帯の着信音に足を止める。

「悪い、ちょっと待っててくれ」


 僕と一色さんに断りを入れて、彼は側にある休憩所まで歩いて行った。そこで携帯を耳に押し当て、電話に出る。

「はい、米田ですけど。……先輩? どうしたんすか、急に」

 彼我の距離はさほど離れておらず、大体の会話内容を聞き取ることができた。

「……えっ、今日はちょっとまずいっすよ。明日じゃ駄目ですか」


 電話の向こうからは、やや怒ったような声が響いてくる。米田はそれに対し、「仕方ないなあ」「その代わり、今度何か奢ってくださいよ」などと図々しく注文をつけていた。

通話が終わったのは数分後であった。戻ってきた米田の表情は渋く、彼は申し訳なさそうに頭を下げた。


「すまん、浅井。俺、これから行かなくちゃならないところができちまった」

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