表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/23

10 女の勘

 僕は観念した。隠し事をするのは性に合わないし、得意ではない。

 つまり、十分ほど前まで米田の家にお邪魔していたことを、桐木に話した。


『そっか。あたしをあんな目に遭わせた奴と、まだ遊んでるんだ』

 話を聞いて、桐木は途端につっけんどんな口調になってしまった。当然の反応だと思われたが、僕は少し狼狽した。


「もちろん、あの一件で米田に対する評価が下がったのは事実だ。でも、だからって急に態度を冷たくしたら、向こうも不振がるだろ。難しいんだよ、人間関係って」

 言い訳めいたことを口にすると、桐木は少々呆れた様子だった。

『浅井は優しすぎるよ。あいつのことなんか、思いやる必要ないって』


 自分が優柔不断だと言われているように感じ、反省する。

 彼女が米田を非難したのに感化されたのか、僕もまた、彼の欠点について考えていた。電話を始める前に考えていたことが、再び頭の中でもやもやし始める。


 やはり、僕には隠し事ができない。どちらかというと、一人で抱え込むよりも、誰かと悩みを共有したいと考えてしまう。


「……実は、米田のことでちょっと相談があるんだ」

『えっ?』

 虚を突かれ、桐木は戸惑った素振りを見せた。



 あくまでも可能性だけど、と前置きしたうえで、僕は本題に入った。

「あいつは、一色さんに暴力を振るっているかもしれない。それも、一度や二度じゃない。日常的なものだと思う」

『……あんた、あたしをからかってるのか?』


 聞こえてきた桐木の声は、僅かに怒気を孕んでいた。

 間もなく行く手には駅が見えてきたが、このタイミングで切るのはまずい。キリの良いところで通話を終えるべく、僕は改札前で立ち止まり、柱を背にした。


『私の目には、あの二人はラブラブにしか見えなかったけど』

「桐木さん、少し落ち着いてくれ」


 彼女をなだめてから、僕はさっきの出来事を打ち明けた。米田が一色さんに、尋常ではない怒り方をしていたこと。一色さんも、それに対して極度に怯えていたこと。

 極めつけは、彼女の手首にあった真っ赤な痣である。痛々しく腫れ上がったそれは、暴力の痕跡を色濃く残していた。


 僕の話を聞いて、桐木はしばらく考え込んでいるようだった。

「桐木さんは看護科だったよね。一色さんの傷は、本当に米田に叩かれてできたものだと思う?」


 それから僕は、一色さんの手首に刻まれた痣のことを、筆舌を尽くして説明した。だが、桐木の返事は曖昧だった。

『実際にその傷を見てみないことには、何とも言えないかも』



 質問の仕方を変えよう、と僕は思った。どのようなかたちであれ、今の僕には情報を共有し、助け合える仲間が必要だった。

「桐木さんから見て、あの二人はどんなだった? つまりその、暴力を振るう・振るわれる関係のように見えた?」

 とりわけ、第三者的な意見が必要なのだ。男性と女性では、視点もまた違うであろう。


『まだ一回しか会ってないし、あたしに正確な判断ができるとは思えない』

 申し訳なさそうに桐木は言った。二回会った僕にも分からないのだから、当然の反応だろうと思われた。


『……でも、あの一色さんって人の事情には、深入りしない方がいいと思う』


 しかし、続けられた台詞は驚くほど冷たい声音で語られた。先ほどやや取り乱していたのが嘘のように、桐木は凛とした、よく通る声で告げたのだ。


「どうして?」

 わけもわからず、僕が聞き返す。

『女の勘、ってやつかな』


 彼女の言葉には何の根拠もないはずだったが、どうにも不吉な響きが込められているようだった。

 僕がそのとき身震いしたのは、寒さのせいばかりではなかったかもしれない。

今回から、主人公と桐木の意見に若干のズレが生じていきます。

彼らが一色さんたちとどう向き合っていくのか、注目していただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ