10 女の勘
僕は観念した。隠し事をするのは性に合わないし、得意ではない。
つまり、十分ほど前まで米田の家にお邪魔していたことを、桐木に話した。
『そっか。あたしをあんな目に遭わせた奴と、まだ遊んでるんだ』
話を聞いて、桐木は途端につっけんどんな口調になってしまった。当然の反応だと思われたが、僕は少し狼狽した。
「もちろん、あの一件で米田に対する評価が下がったのは事実だ。でも、だからって急に態度を冷たくしたら、向こうも不振がるだろ。難しいんだよ、人間関係って」
言い訳めいたことを口にすると、桐木は少々呆れた様子だった。
『浅井は優しすぎるよ。あいつのことなんか、思いやる必要ないって』
自分が優柔不断だと言われているように感じ、反省する。
彼女が米田を非難したのに感化されたのか、僕もまた、彼の欠点について考えていた。電話を始める前に考えていたことが、再び頭の中でもやもやし始める。
やはり、僕には隠し事ができない。どちらかというと、一人で抱え込むよりも、誰かと悩みを共有したいと考えてしまう。
「……実は、米田のことでちょっと相談があるんだ」
『えっ?』
虚を突かれ、桐木は戸惑った素振りを見せた。
あくまでも可能性だけど、と前置きしたうえで、僕は本題に入った。
「あいつは、一色さんに暴力を振るっているかもしれない。それも、一度や二度じゃない。日常的なものだと思う」
『……あんた、あたしをからかってるのか?』
聞こえてきた桐木の声は、僅かに怒気を孕んでいた。
間もなく行く手には駅が見えてきたが、このタイミングで切るのはまずい。キリの良いところで通話を終えるべく、僕は改札前で立ち止まり、柱を背にした。
『私の目には、あの二人はラブラブにしか見えなかったけど』
「桐木さん、少し落ち着いてくれ」
彼女をなだめてから、僕はさっきの出来事を打ち明けた。米田が一色さんに、尋常ではない怒り方をしていたこと。一色さんも、それに対して極度に怯えていたこと。
極めつけは、彼女の手首にあった真っ赤な痣である。痛々しく腫れ上がったそれは、暴力の痕跡を色濃く残していた。
僕の話を聞いて、桐木はしばらく考え込んでいるようだった。
「桐木さんは看護科だったよね。一色さんの傷は、本当に米田に叩かれてできたものだと思う?」
それから僕は、一色さんの手首に刻まれた痣のことを、筆舌を尽くして説明した。だが、桐木の返事は曖昧だった。
『実際にその傷を見てみないことには、何とも言えないかも』
質問の仕方を変えよう、と僕は思った。どのようなかたちであれ、今の僕には情報を共有し、助け合える仲間が必要だった。
「桐木さんから見て、あの二人はどんなだった? つまりその、暴力を振るう・振るわれる関係のように見えた?」
とりわけ、第三者的な意見が必要なのだ。男性と女性では、視点もまた違うであろう。
『まだ一回しか会ってないし、あたしに正確な判断ができるとは思えない』
申し訳なさそうに桐木は言った。二回会った僕にも分からないのだから、当然の反応だろうと思われた。
『……でも、あの一色さんって人の事情には、深入りしない方がいいと思う』
しかし、続けられた台詞は驚くほど冷たい声音で語られた。先ほどやや取り乱していたのが嘘のように、桐木は凛とした、よく通る声で告げたのだ。
「どうして?」
わけもわからず、僕が聞き返す。
『女の勘、ってやつかな』
彼女の言葉には何の根拠もないはずだったが、どうにも不吉な響きが込められているようだった。
僕がそのとき身震いしたのは、寒さのせいばかりではなかったかもしれない。
今回から、主人公と桐木の意見に若干のズレが生じていきます。
彼らが一色さんたちとどう向き合っていくのか、注目していただけると幸いです。




