田舎で年末年始
クリスマスパーティーの翌朝、知香は待ち合わせ場所の駅に向かった。
今日から冬休みで今年ははずみ、萌絵、このみ(康太)を連れて長野で年末年始を過ごすのだ。
『おはよう、家から一人で大丈夫だった?』
駅にはまだこのみしか来ていない。
『おはようございます。結構じろじろ見られた。』
このみの格好は昨日と同じアニメキャラクターを連想する黒のロリータコートだ。
さすがにウィッグは黒のセミロングで金髪では無い。
『あの帽子はかぶって来なかったの?』
あのキャラクターに合わせて用意した黒いロシア帽だ。
『いちおう持っては来たけど無理です。』
防寒には役に立つので使う機会はあるだろう。
遅れてはずみと萌絵が到着して出発する。
四人は在来線で群馬県のターミナル駅で新幹線に乗り換え、長野に向かう。
二人掛けの座席を向かい合わせにしてお菓子を食べながら50分足らずの時間を楽しむ。
『いっちゃんとは頻繁にメールとかしてるの?』
『大体こっちから一方通行なんだけどね。たまに返事来るけど。』
『これはちょっと言わなきゃね。罰としてまた女装させるぞって。』
『止めてよ、アイツが女装するとチカと紛らわしくなるから。』
知香と一郎の外見は似ているが一郎を恋愛対象として見ているはずみは女装させたくない。
『……可愛いから女装して貰いたい……。』
萌絵は萌絵で男の子が苦手なので男の一郎が一緒だと抵抗があるのだ。
『そんなに知香さんと一郎さん似てるんですか?楽しみだなぁ。』
はずみは嫌がるが一郎の女装は避けられそうにも無い。
(いっちゃん、ごめんね。)
あっという間に長野に到着し、少し時間を潰してから祖父が迎えに来る私鉄のS駅に向かった。
今の時期は長野郊外も雪が降る事は少なく、遠く山の方が白くなっている程度だ。
『こんなんでスキー出来るのかな?』
今回の参加者では唯一スポーツが得意なはずみは不安気な顔をする。
『大丈夫だよ。山の方はかなり積もってるみたいだから。』
一昨年までは毎年スキーを楽しんでいる知香は自信を持ってはずみに言った。
そんな話をしているうちに電車はS駅に着いた。
改札には祖父の俊之が待っている。
『こんにちは、お世話になります。』
知香は一郎が居ないので残念そうな顔をしているはずみに気付いた。
『あ、聞いて無かった?いっちゃんはまだ学校だよ。』
長野県は夏休みも短いが、何故か冬休みも短いのである。
知香が一郎よりスキーが上手いのは一郎が休みになる前に祖父の俊之から個人レッスンを受けていたからだった。
『そうか、一郎は松嶋さんとそういう仲だったのか?』
祖父にもバレてしまった。
『一郎は明日終業式だから今日明日で一郎程度には滑れる様になれるぞ。多少ハードだけどな。』
はずみは一郎よりも上手くなって一緒に滑りたいと張り切った。
はずみほど明確な目標の無い萌絵とこのみは今日は同行しないので、とりあえず実家の民宿に向かった。
俊之の運転する車は山道を進んで行き、次第に辺りが白い雪で覆われてきた。
『雪だぁ。』
民宿に着くと完全に雪景色になっている。
『あらいらっしゃい。はずみちゃんに萌絵ちゃん、であなたがこのみちゃんね。』
祖母の佐知子が出迎えてくれた。
『こんにちは、宜しくお願いします。』
『ゆっくりしていってね。リッキーが居なくなって寂しくなっちゃって……。』
もともと民宿はたまに外国人が来るくらいだったのでリカルドが去ってからほとんど夫婦二人の生活になっていた。
『このみちゃん、初めて女の子で遠出だったから疲れたでしょう?ともは早く滑りたくて堪らない様だけど無理して着いて行かなくても大丈夫よ。』
祖母はお見通しだ。
『萌絵ちゃんも良いわよ、おやき作ってあげるから。』
『今日は萌絵とこうちゃん留守番で良い?』
知香が萌絵とこのみを置いていくという事は本当に今すぐ滑りたいのだろうと誰もが思った。
『じゃ、おじいちゃん、はずみん、早く行こ!』
知香たちはお昼ごはんも食べずに出ていってしまった。
『行っちゃいましたね。』
『……運動嫌いって言ってたくせに…。』
このみも萌絵も驚いていた。
『四歳くらいからだからね。最初は一郎と張り合って、小学校に上がったら冬休みになると直ぐ来てね。[いっちゃんが休みになる前に頑張らなきゃ]っていつも言ってたわ。』
佐知子がおやきを持って歩きながら説明した。
『明日はみんなで行く様だけどともちゃんに合わせる必要は無いからね。おじいちゃんも相手に合わせて教えてくれるから。』
そうあって欲しいと願う萌絵とこのみだった。
『それでね、このみちゃん。』
佐知子は続けてこのみだけに言う。
『ともちゃんから話は聞いたけど、もし良かったら古いお洋服いだけどたくさんあるから貰ってくれない?』
知香はこのみの家庭の事情などを佐知子に話していたのだ。
『このあたりもだいぶ子供が少なくて、古いのしか無いけれど着れそうな服だけ選んでくれれば後で宅配で送るから。』
知香は祖母に女の子の洋服があったらと頼んでいた様だ。
古着はサイズはまちまちだがどれも傷みは少ない。
『私はともちゃんの友だちはみんな孫だと思っているの。孫が困っていたら助けるのは当たり前でしょ?だからなんでも言ってね。』
『ありがとうございます!』
そんな会話の途中で学校から帰った一郎がやって来た。
『おばあちゃん、ともたちは?』
『もうスキー場に行ったわよ!』
『くそ~、遅かったかぁ!』
休み前で学校は早く終わるので急いで戻って来たのだが間に合わなかった。
『一郎さんですね、はじめまして。』
一郎が萌絵とこのみの存在に気付かなかったのでこのみから挨拶をした。
『あ、八木さんと……。』
『上田康太です。今、この格好なのでこのみと名乗っています。』
一郎ははずみと萌絵が来るのは聞いていたが、知香と同じ様な[男の娘]が来るのは知らなかった。
『あ。……宜しく……。』
一郎もスキーに行きたかったが、足も無いので仕方無く二人の相手をする事になった。




